赤ちゃんとボク3



 幼く性別のない声で「親父」と呼ばれることには少々ならず違和感が拭えなかったから、渋るリンネに言い聞かせて「パパ」と呼ぶようにさせた。柔らかい髪も触り心地が良いし、リンネを連れ出して良かったと心から思うよ。ボクたちは相性が良いらしく話も弾み、まだ一緒に暮らし初めて一月しか過ぎてないというのに長年の友人の様に気安い。今年のボクは運が良いみたいだ……この調子ならハンター試験も良い出会いがあるかもしれない。


「パパ、オレも試験を受けては駄目なのか?」

「ンー、どうだろ☆ ねえキミ、この子も受験しちゃダメかい?」


 受験番号表を受け取る時にリンネがそんなことを言い出した。巨大な豆みたいな頭をした小男はわたわたと視線を左右に揺らし、どもりながら「規定では十二歳以上からの受験が認められています」と答えた。


「リンネ、キミはいくつだったっけ」

「精神年齢なら十二歳はとっくに超えてるぞ」

「ダヨネ☆」


 少なくとも十五歳以上だろうことは間違いない。でもボクよりは年下だね。

 あえて数値化するなら、リンネの身体的な強さは百点満点中七十点ってところで、そこに幻術を加味すると九十点は楽々超える。零歳児でこうなんだ、これで念を覚えたらもっと面白い怪物になるんだろうな。


「見た目だけが問題ならすぐに解消できるが……豆男、オレの参加は認められるのか?」


 リンネはおんぶ紐からするりと抜け肩に乗ると、飛び降りるその瞬間に自分の姿を十四歳程度の少年のものにした。


「何度見ても見事だね☆」

「オレだから当然だぞ」


 じゃなきゃ六道巡った意味ねーよと赤い髪を掻き上げる仕草は、どこかボクのそれに似ている。こちらに集まる視線に横目で観察してみれば、どうやら相手は去年もいたはずの小男や図体ばかりの無能たちのようだ。気にかけるほどのことでもないだろう。


「しょ、少々お待ちください。本部に問い合わせいたしますのでっ」


 リンネの幻術を念と思い込んだ男は無線で本部に確認し始めた。


「まだ一歳にもならないのにハンター証を手に入れるなんて、本当にリンネは規格外だね☆」

「まだ手に入れてないぞ、パパ。捕らぬ狸の皮算用はみっともないだけだ」

「じゃあキミは、ボクがこの場にいる奴らに負けると思うのかい? みっともないというよりも恥でしかないよ」

「まあ、この四十人の誰かにパパが負けるとは髪の毛一筋も思えないがな。思わぬ事故ってもんはどこにでもあるもんだぞ、パパ」

「なんだか説得力があるね、その言葉☆」


 目を伏せながらリンネが呟いた言葉はどうしてか実感がこもっていた。見下ろす睫は赤々として長い。――十四歳のリンネはボクとあの女を足して二で割ったような造作をしている。けぶる様に濃く長い睫は紅色で、女に似てアーモンド型の目を縁取っている。ボクにそっくりなつり上がり気味の眉は少し太めでキリリと凛々しい。鼻筋もボク似で顔の輪郭線もボクの十代の時にそっくり。肌はあの女の遺伝か象牙色に近く唇もボクより厚めだ。薄い紫の口紅をつけたら似合うかもしれないなぁ。

 小男が無線を切り、ボクらを振り返った。


「お待たせしました。本部から許可が下りましたので、あなたの受験は可能です。ですがプレートナンバーは四十五番ではなく、最後に会場入りした受験生の次の数字となります。開始直前になりましたらお渡ししますね」

「わかった」


 リンネの浮かべた笑みは獰猛な獣そのもので、その感情が伝染してかボクもニヤつく口元を隠すことができなかった。ああ、早く始まらないものか……!




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気が付けば日付が変わっていた今日バイト
2012/06/03


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