美食人間国宝〜珈琲ぶれいく〜



 その焦げっぽい香りがあんまり好きじゃなくて今まで嫌煙してきたそれ、コーヒー。嫌いだと明言したことはなかったものの誰かが淹れると必ず顔をしかめたからだろう、私にコーヒーを勧める奴なんて身近には一人もいなかった。けど。


「あー、なんかコーヒーが飲みてぇな」


 いつものように小松を連れて店にやってきたトリコは、何百人前という料理を腹に納めた後そう呟いた。周りのウェイター他部下達が仕方ないものを見るような目でトリコを見やる。私はコーヒーを淹れるつもりなんてない。


「小梅ぇ」

「私は淹れないよ」


 甘えた声を上げるトリコをばっさりと切り落とし、自分用に用意したミモレットのスライスとフランスパンのトーストをはむはむと食べる。手作りのチーズももちろんあるにはあるけど、この世界で最高の食材はと言うと天然物だ。チーズの木という植物があって、三ヶ月くらいで直径一mくらいにまで成長する。見た目も性質も何もかもが乳から作るチーズと同じで、私は六ヶ月物のセミハードが一等好き。二十四ヶ月物になると熟成され過ぎて食べにくいんだよね。

 カリカリにトーストしたフランスパンにミモレットを乗せては食べる――赤は苦手だから白のお供にヒョイパクヒョイパク。うま。


「誰か、トリコにコーヒー持ってきてやって。ピッチャーに入れて持ってきて良いから」


 コーヒーカップ一杯くらいじゃ足りないだろうことは日よりも明らか。何度もお代わりを注いでは渡すくらいなら自分で注がせた方が手間が省けるし、いっそのことだとピッチャーに詰めて持ってくるように言えば、トリコの食いしん坊ぶりを見ていた部下は少しばかり苦笑した気配を見せて奥へ向かった。


「なんだよ、小梅が淹れてくれねぇのか?」

「トリコは疲れきって座ったばかりの人間にまた立てって言うわけ?」


 目を吊り上げて訊ねればスマンと軽い謝罪。考えてもみなかったみたいだけど、行儀に煩い私が背もたれにもたれ掛かってる時点で気づかないんだろうか。疲れてるんだよ、あんたの食事を作ったせいで。

 コーヒーの味は嫌いじゃないっていうか、じっくり蒸しながら淹れたコーヒーの酸味や甘味はむしろばっちこい。だからティラミスとかコーヒーのシフォンとかは自分でもよく作る。久しぶりに飲んでみようか……アイスコーヒーなら飲めるだろうし。

 ウェイターに言ってグラスを一つ追加して、トリコの前に置かれたピッチャーから二口分ほど注ぐ。そういえば人の淹れたコーヒーを飲むのは前世を除くと初めてだ――


「ぐほっ」


 口が拒否した。慌てて口を押さえたものの指の隙間から黒い液体が溢れた。スライスしたフランスパンにその液体がかかったけどそれを気にするよりも先ず口の中を洗浄することの方が重要。口の中に残った液体を吐き出すべく洗面所に駆け込み、口中をすすいで味を消す。なにあれ……。


「みっともない姿を見せてしまって申し訳ない」


 席に戻って二人に謝る――はっきり言って刺激物かと思った。苦味と酸味が調和せず、なんとも言い難い味の五月雨演奏会。期待していた香ばしさは焦げ臭さで否定され、えもいわれぬ失望感と違和感をかもしている。本当に味が残念すぎる。


「どうしたんだ、小梅。コーヒーが苦手だったのか?」

「大丈夫?」


 トリコと小松が心配そうに私を見つめる――OK、一般的にはこれが普通なわけだ。どんだけ酷いの、ここの食べ物。期待することが間違ってるんだろうか。


「言うより飲んだ方が早い。ちょっとコーヒー淹れてくるから五分待って」


 ティラミスを愛する者として、このコーヒーは許せない。そうだな、先ずは分量から見直そうか。



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 携帯に保存していたものをサルベージ&加筆修正。
2012/05/24


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