ラ・カムパレラ(ぐるぬべ→ぬら)
一瞬の間に「世界が変わって」いた。街並みも空の色もあまり変わっていないというのに、場が持つ空気がガラリと変わっていたのだ。眠気で足元の覚束ない基を背負っていた私は瞬時に基を抱えるように持ち変え周囲に気を配る。だが私達に向けられる敵意も殺気もなく、ただ違和感だけが存在した。肩から何かが落ちたように感じられ地面を見れば薄紅色の花弁が散っていた――これが私の肩に乗っていたのか? 摘まみ上げれば崩れていくそれは蓮の花弁。もしやこれは……。
「んー……」
雑に抱き方を変えられたためだろう、腕の中で基が唸る。私は腕を揺すって基を起こした。
「基、基。起きなさい」
「ややぁ、ねむいー」
「これから本屋に行きますから、貴女を背負っていられません」
「う……いけずぅ」
「ほら、立って。行きますよ」
支えなければ倒れてしまいそうな基の肩に手を添えて歩かせる。すぐ目の前には浮世絵町商店街と掲げられた通りが走っており、なかなか栄えているように見える。商店街と繁華街が接続するちょうど境目らしく、右手には少し古めかしい商店が立ち並び左手にはパチンコ店や居酒屋が並んでいる。
「ねえ玉ちゃん。ここ、どこ?」
「私にも分かりません……。ですが、少なくとも童守町ではありませんね」
目が覚めて異変を理解した基の頭を撫でながら、もちろん右手へ曲がって本屋を探す。しばらくして看板が新しく明るい店を見つけ入った。
地図を取り上げ童守町を捜した――違和感が確信に変わった。童守町という町は存在せず、別の名前の町があった。地図に指を走らせて現在地である浮世絵町を探せば都市部にあるにも関わらず森が多い土地だと分かる。その広大な森はどうやら個人所有らしく、奴良家という旧家ないしは極道一家――奴良家の屋敷はかなり大きい。昔から土地を転がすのは極道のお家芸、八割方極道に違いない――に管理されているらしい。
「……基、何をしているんです?」
「え、立ち読み?」
「止めなさい、みっともない」
基が手に持っていた漫画を取り上げると、見慣れた顔が劇画調に描かれていた。え、鵺野先生……? なんだこれは!! 地獄先生ぬ〜べ〜とタイトルされたその漫画をめくれば知った展開、知っている言葉の数々。なんだこれは!!
「玉ちゃん」
落ち着いた基の声に正気付く。私は――私は……! 言葉にならない思いが脳裏を走る。
「これね、私がいないの」
指差した箇所は確かに基がいたはずの場面で、私は本を取り落とした。基が危なげなく受け止めて棚に戻す。
「これは一体どういうことです? 私達が漫画に……」
基は未だ混乱する私を宥めるため、私の上着の裾を強く引いた。見下ろせば何の感情も含んでいない硝子の瞳が私の顔を映している。
「基……」
「きっとこれは私たちの世界のパラレルワールドだよ」
「パラレルワールド、ですか」
「うん。それに、どうしてかは知らないけど、私たちは異世界に来ちゃったみたいだね」
基の冷静な対応に自然と浮いていた踵が落ち着く。もしやとは思っていたがやはり異世界か。私よりも「世界」という枠組みに敏感な基だ、間違いはない。
SF小説だったか……世界同士は触れ合うことがあり、そのため異世界の歴史が流出する、とかいう内容のものを読んだことがある。鵺野先生の日常はまさしく波乱万丈、観測してしまった者が漫画にするのも当然だろう。だが――基がいないというのはどういうことだ。これは「基がいない」場合に辿った世界なのか? 世界は枝分かれするとも読んだ……つまりこういうことなのだろうか。それこそがパラレルワールド。
「――先ずは住居の確保と就職ですね」
「はぁい!」
私や鵺野先生に比べると一段二段レベルが下がる者ばかりのようだが、この街は妖怪が多い。リーダーシップのある妖怪に統率されているらしく悪意の気配もない――この周辺を管理する元締めがいるはずだ。ここらで住処を得るならば、彼に許可を得た方が良い。
「まあ、たとえ難癖を付けてきたとしても問題ありませんが……ね」
基の手を取り、本屋を出て気配の濃い方向へ向かう。
「玉ちゃん、なんか言った?」
「いいえ? ああ、良い家が見つかれば良いですね、基」
「うん!」
私を見上げて微笑む基の頭をくしゃりと撫でる。基の身分は明かさない――明かせない。この世界で基の情報を開示するのは今すぐではなくて良いはずだから。バレなければ、そう。バレさえしなければ基は安全なのだ。今回のように発動さえ人前でしなければ。
「不安ですね……」
はぁ、とため息を一つ。基がうっかり発動しない自信がなかったからとは思いたくなかった。
+++++++++ 昨晩なかなか寝付けなかったので、ベッドの中でポチポチ書いてました。細かな点を昼間の鬱テンションで確認後追加です。深夜のテンション程危険なものはありません\(^O^)/ 2012/02/21
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