勝利の女神16



 彼らがいなくなった後いつも通り平和に受付嬢をしていた私のところに、ヒソカさんがやってきた。化粧をせずにすっぴんで、格好もフォーマルなそれだ。いつも通りのようでいてどこか慌てているみたいで、気をつけて抑えた声で言った。


「ユキ、今すぐここから逃げるんだ」

「はい?」


 ヒソカさんは受付台に上半身を預けるようにして私のいる方へ顔を近づけた。周囲から悲鳴が上がる。――主に男性の。


「ここにいたら、あの変態からキミのことが師匠に伝わってしまう。師匠はキミのあの写真を見てここへ来たから、もしキミがあの写真の少年だと分かったら……ショタンコンからロリコンに転向してしまう!」


 なにそれ怖い。青ざめる私に対し、ヒソカさんは言い募った。


「キミの身が危ないんだ。ここから逃げてくれ……キミ一人じゃ危険だってことは分かってるから、もちろんボクも一緒に」

「え」


 固まった私にヒソカさんは嫌かと首を傾げた。嫌とか嬉しいとか以前に、ヒソカさんと二人で街を歩いたら変人扱いされるからな……。そういう意味では嫌かも。


「一人旅は怖いだろうけど、ボクが守るよ」


 眉間に皺を寄せて色っぽい表情のヒソカさんに顔に血が集まった。語尾のお星様マークはどこ言ったの!? 存在自体がセクハラの域だよ!


「支配人にはドーラから連絡をしてもらうように言ってある。お願いだよ、ボクと一緒に来てくれ」

「は、はい」


 真剣な表情のヒソカさんに言われたら、頷く以外ないと思うんだよね。コクコクと頷いた私にやっとヒソカさんは眉間に皺を解いた。頬をさらりと一撫でするといつも通りの笑みを浮かべ、用意が出来次第迎えにくるよと言い残して去っていった。


「ゆっ、ユッユッユキちゃん! あいつは誰だい!? コレか、コレなのか!?」

「畜生美形なんぞ死に絶えれば良いのに!」

「イケメン爆発しろよぉ!」


 と同時にワラワラと百五十階の住人と呼ばれる顔見知りさん達が集まってきた。


「やだな、あれはヒ――」


 言って良いのかな、名前。


「ヒ?」

「ひ、ヒヨリちゃんのお兄さんです!!」


 ヒヨリって誰さぁぁぁぁぁぁぁ!


「ヒヨリって子は友達なのかい?」

「え、ええ!」


 そんな友達いないけどね!

 何故か納得した様子の彼らに安堵しながら内心ため息を吐く。バラバラと散っていった彼らの背を見送って、あの師匠という人のことを考える。見た目は美形だけど、あのエミリーの叔父だということは中身が残念なのに違いない。ヒソカさんまでもが逃げようって言ってくるくらいだし。


「大丈夫なんだろうか……」


 お師匠さんについてはよく知らないからどうとも言えないけど、物凄く気が重い。一体どこへ逃げるっていうんだろうか? 観光旅行なら気楽なのになぁ。

 十分ほどしてヒソカさんが現れた。いつも通りのメイクに格好、片手には見るからに軽そうな鞄を持っている。余裕を取り戻したからか普段と変わらない悠々とした態度だ。


「や☆」

「あの、行くんですか――今から?」

「もちろん☆ あの人は今変態の買い物に付き合わされてるからね、逃げるなら今のうちなんだ☆」

「はあ」


 持ち上げられて腕に座らされる。周囲から悲鳴が上がった。主に、ヒソカが私を誘拐しようとしている、という。あながち間違いじゃないのが問題な気がする。心ある方々が私を救おうと視線を交わしている――実をいうととっても助けて欲しい。


「じゃあ行こうか☆」


 ヒソカさんはごく自然な動作ですぐ横の窓を開き、サッシに足をかけた。周囲にも緊張が走る。まさか。


「いやいやいや、まさか飛び降りるとか言いませんよね!?」


 すぐ横にあるヒソカさんの顔を見つめた。狐のような笑みが私に向けられる――そんなバナナ。


「言うよ☆」

「うにゃ――!!」


 二度目の紐なしバンジーに絶叫。フリーフォールは安全だから楽しめるんだよ!?

 風圧で髪はボサボサ、服も乱れきった私に対してヒソカさんは髪型も変わらずいつも通り。この差って何なの? 念? オーラのせいなの?


「クククッ、可愛いよ☆」

「ひ、にくに、しか、聞こえませんよっ!」

「そうかい? 正直に言ってるつもりなんだけどネ☆」


 ヒソカさんは一旦私を降ろし、逆立った髪を撫でつけて乱れた服装を直してくれた。そういえば私制服のままだ。


「そういえば私の服は――」

「師匠がドーラの店を出たって連絡が入ったからね、アイツの店に行くよ☆」

「なら急がなくても良かったんじゃ……」

「目撃者は少ない方が良いんだ☆ ホールを通って出てごらん? 師匠の悪質さを知らない人間が、うっかりボクとキミが一緒に出ていったと師匠に教えたら……」

「なるほど、良く分かりました」


 ちょうど降り立った場所も人目に付きにくい路地裏だ。


「心配しなくても大丈夫さ☆ 百五十階の住人達は師匠のことを良く知っているから、キミのことを聞かれても知らぬ存ぜぬを通してくれるだろう☆」


 私はその言葉に引っかかりを覚えた。果たしてそうだろうか?――そうだよ、そうじゃないんだ。


「――そう、でしょうか?」

「ん?」


 不思議そうな顔をしたヒソカさんに、私はきっぱりした口調で言った。


「ヒソカさんの師匠はどうしようもないショタコンらしいですね? それを知っている方なら、師匠さんの魔の手は私に伸びるはずがないと思うでしょう。危険なのはヒソカさんの方だと考えるのが普通じゃないですか?」

「ああ……」


 ヒソカさんは頭を抱えた。


「自分の性癖を悔いたのは初めてだよ☆」

「これを機会に真人間に転向なさったらいかがですか?」

「それは無理☆」

「残念です」


 ヒソカさんは頭を一度振って気分を切り替えると、私を先導して裏通りを歩いてドーラさんの店に向かって歩き出す。


「とりあえずドーラのところで服を用意して、迷惑料をもぎ取ってから観光旅行だネ☆ 逃げ隠れてちゃ逆に目立つから☆」

「そうなんですか?」

「密航とかする方が見つかりやすいんだ☆ 特にあの人が相手だとネ」


 そういうのに鼻が利く人だからと嫌そうに言うヒソカさんに、あのお師匠さんはヒソカさん以上に質が悪いんだなぁとしみじみ思わされる。

 裏道を歩く道すがら、時々雰囲気の悪い方々がこっちを見てはヒソカさんの姿を目にするや陰に隠れた。……怖がられてるね。


「それに、どうせなら楽しんだ方が良いだろ?」

「まあ、そうですね」


 職場から無理矢理そっちの都合で連れ出されたんだから、楽しくなかったら訴え――無理か。

 途中からヒソカさんに抱えられて裏通りを駆け抜けた。師匠さんとビルを挟んですれ違ったらしくて、向こうに気付かれる前に逃げなきゃいけなかったんだとか。本当に会いたくないんだな、としみじみ思った。














+++++++++
 これから始まる逃避行、犇めき合って嘶くは、天下のサラブレット四歳馬、今日もダービー目出度いな。あそれ走れ、走れ、走れコウタロー♪
 うろおぼえ。
12/18.2011

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