いらはいto幽白3
まだ私が中学一年生だった頃。幽助君はもちろんいなくて、私と秀ちゃんの二人きり。中二にしては大人びた秀ちゃんと、高めに見積もっても五年生かそこらにしか見えない私は傍目には「年の離れたお兄ちゃんと妹」状態だった。幼馴染の従兄妹だなんて誰もわからないに違いない。
「むう、むん!」
二人で本屋に来ていた私たちはそれぞれ別れて本を探した。秀ちゃんは参考書を、私は漫画。だって中一の勉強なんて簡単すぎて勉強する気が起きないし。参考書なんてチャート式一冊で十分。
棚の上のほうにあるぬ〜べ〜を取ろうと必死に背伸びするけど届かない。脚立もないし、私はピョコピョコ跳ねながらぬ〜べ〜に手を伸ばす。中一女子の平均身長があったら十分届くのに……とどけ、とどけぇっ!
「何してるんだ、萩」
「あ、秀ちゃん」
「これか?――ビキニの少女が表紙に描かれているようだが」
「それ眠鬼。パンツを脱ぐと力の加減が出来なくなるんだよ」
「なんて設定だ……」
秀ちゃんがとってくれた巻をもぎ取る。破廉恥だとか言って棚に戻されちゃ敵わないからね。
「ちゃんとアレなシーンにはジャンプマーク入ってるよ?」
「入ること自体がおかしいとは思わないのか?」
「細かいこと気にしないの」
良いでしょ、ギャグ漫画なんだし。そう唇を尖らせれば仕方ないなって溜息を吐かれた。
「あまり変な漫画は買うんじゃない。伯父さんからも頼まれてるんだから」
「変な漫画じゃないですー。健全――とは言い難いけどエロ漫画じゃないし」
こら、萩!――秀ちゃんは呆れたように声を上げたけど、私は眠鬼を胸にレジへ走った。買ってしまえばこっちのものさ!
念仏みたいに説教をする秀ちゃんに、いつまで続くんだろうかと嫌気が差しながら帰り道を歩く。秀ちゃんは過保護で過干渉だと思う。
「こんなことでは亡くなった伯母さんにも申しわ――ッ!!」
魔物の気配がしたことに同時に気付く。この通りから三つ細い通りを行った公園!
「行こう、秀ちゃん!」
「ああ!」
さっさと片付けないと被害が出る。身長差でリーチが違うけどほぼ同じスピードで走る。いきなり駆け出した私たちに怪訝そうな目を向けるものの、通りを歩く人たちは特に気にした様子もなく普段通りだ。
駆けつければそこには牛頭人身の怪物――っていうよりも魔物がいた。最近こういう雑魚とは言い難いのも流入してくるから面倒なんだよね……。
「いかなる用があってここに来られた? 用がないのならば帰還に手を貸す!」
秀ちゃんが一回深呼吸してから声を張り上げた。牛頭の魔物は秀ちゃんと私を見た。目は山羊のそれに似てる。
「用? あるに決まっておる……人の肉を食らいたいのよ」
魔物はニヤリと嗤った。私たちを馬鹿にした笑みで、少しいらっときた。
「先ずはそうさな、そこのチビの肉を食らうとするか。十歳以下の子供の肉は美味い」
「貴様!」
「誰に言われて来たかは知らんが、残念だったな。すぐにおぬしは我が腹の中よ」
唾液を撒き散らしながら哄笑する魔物に秀ちゃんが怒りで顔を真っ赤にする。知性のある魔物は概して強いうえ、人型に近ければ近いほど本能を抑える理性も発達する。この魔物は知性があるうえ力も巨大、ただ足りないのは人間側の常識だけ。魔物としては正解の思考かもしれないけど人間からは不正解なんだよね。
本編で言えば中ボス程度の魔物の出現に秀ちゃんも驚いてるんだろう。表面上は冷静を保っているように見えて、その実テンパってるみたい。
しかたない。――私はオーラを解き放った。秀ちゃんの気付けになるし、これが殺気と分からない人を「この公園に『なんとなく』入りたくない」って気持ちにさせるだろうし一石二鳥。
「秀ちゃん、二人でやればなんとかなる!」
「あ、ああ! その通りだ」
「ふふ、やってみろ人間!」
秀ちゃんは調子を取り戻し鞭を構え、私は念糸を紡ぐ。魔物が妄言を吐いているけど無視だ。さあ、行くよっ!
「薔薇刺鞭刃!」
「念糸ぃ!」
「ぬうん!」
秀ちゃんが鞭を振るうけど、表皮の硬いらしい魔物は腕を振って鞭を弾き飛ばす。そんな中私はこっそり念糸を飛ばし足に刺した。そして糸を通して微弱な電気信号を送る。足を止めろ、と。これはキルアの真似で、オーラを電気に変換したのだ。キルアみたいに攻撃に使えるほどの電圧は不可能だけど、人体に流れる程度の電気なら私にだって可能なのだ。
「な、何だ!?」
魔物の足が止まる。――随意運動しか操れないうえ簡単なことしか命令できないのが物足りないといえば物足りないところだけど、たとえば足を止めれば相手は的になるしかない。使いようは色々あるのだ。
「萩!」
「あいさっ!」
そして私は走る。秀ちゃんの薔薇の鞭が横から援護してくれるなか飛び込んだ!
「うわぉ」
「ふははは、死ねぇ!」
でも距離を詰めていたつもりが、向こうからしたら「獲物が自ら近づいてきた」状態だったらしい。見るからに堅そうな爪が上から襲い掛かる。風が唸り声を上げた。
「はぎぃ!」
秀ちゃんの叫び声。私はとっさにしゃがみ込んだ。秀ちゃんが投げた何かが魔物の爪に刺さり勢いを殺してくれた。隙は、今っ!
両足をバネに伸びあがり顎を殴る。硬をした拳は顎の骨を砕くのには十分すぎ、魔物の口から歯が五本ほど飛んだ。そこに追い打ちをかける秀ちゃんの鞭が魔物を締め上げ肋骨を砕く。
「――が、は!!」
「止めを!」
「あいあい!」
血を吐き呻く魔物の首に念糸を一周させ――そして、締め上げた。細ければピコから太ければセンチまで、私の念糸は直径の調節ができる。細ければ細いほど切れ味は良く、剛毛に覆われた首筋をものともせず切り落とす。
「ヘイ一丁!」
二対一がずるっこくないかといえば、ずるいだろうけど。こっちは命かけてるんだしずるいもへったくれもないよね。
「お疲れ、秀ちゃん」
「ああ、萩こそお疲れ様」
お互いの肩を叩いて健闘を称えあい、今回も無事だったことを喜ぶ。だいぶ前に脇腹を自分で縫合しなきゃいけなかったこともあったしね。
途中で捨てた荷物を拾い上げて肩にかける。――何か足りないような気がして周囲を見回すも、何もない。何が足りないんだっけ……?
「あ、漫画」
ぬ〜べ〜が入ってるはずの紙袋がない。一体どこに行ったんだ……ろ、う、か――
「ああああああああああ――!」
哀れ、私のぬ〜べ〜は魔物の爪に刺されて大きな穴が空いてた。
「ぬ〜べ〜が、ぬ〜べ〜がぁ!」
「あー、萩? 今度買ってあげるから。ね?」
「秀ちゃんの馬鹿ー、ナスー、カスー、マザコーン……」
「泣かないで、ね? ほら萩、スイカバー食べながら帰ろうか」
「グスっ、アイスボックスのグレープフルーツも……」
「買うよ。ほら、帰ろう?」
数日後、私が秀ちゃんに手を引かれて帰る姿は本当に年の離れた兄弟にしか見えなかったと――近所のおばちゃんに言われた。泣いたりなんかしないんだからね! これは心の汗なのさっ!
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やっと書けた。原作が手元にないと難しいねぇ。にしても長くなった^^ 06/14.2011
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