涙の宝石
そして、誰もいなくなった。
「あは……」
毎日、途切れることなく上がる煙。列をなすブラックスーツの人々のすすり泣く声。――黒い服はもはや普段着のように思え、そして日々、その人数は減っていった。
一人減り、二人減り、三人減って、四人減り。
「涙の宝石、か」
あの作家さんの漫画を知ったのは本当に偶然で、たしかブックオフで立ち読みしたんだ。
――この世で一番純粋な涙の粒は、たった一つだけ願いを叶えてくれる宝石になるという。――たった一つ、そう、たった一つで良い。願い事は一つだけで。『皆を助けてください』と。
「もう私は一人ぼっちだから、私は良いよ。だから」
そして私は涙を流す。想いだけは誰にも負けない。空想の物語の設定でも、何でも、縋り付けるのなら藁をも縋りたくて。
「『皆を助けてください』」
頬を伝って零れた涙は、閑散とした日光を反射して輝いた。そして畳の上に落ちたその宝石は、ころりと転がってそのまま光を失った。
緑の匂いがする。優しくて柔らかな匂い――長い間忘れてしまっていた匂いだ。
能天気な少年の声が聞こえる。
「ええー、ええー、なんでおれ脈ないのー?」
瞼が痙攣してぶるぶると震える。目を開きたいのに開けられないことに苛立って顔をバシリと叩いた。視界はオールクリア。身を起こせば数メートル離れたところに赤い髪の少年と金髪の青年が二人いて、でも……なんでだろう、ここは日本じゃないように見えた。先ず木の種類が違うし、二人の造作がアジア系には見えないし、日本の森と雰囲気が違うから。ここまで開けた場所なら一部コンクリを流されてるはずだろうに見る限りそれはないし。
一体どこなんだろうかと思っていた矢先、私は自分のしている格好に気が付いた。赤いゴスロリを着てる上、エナメルの黒い靴を履いてるとか――そんな趣味なんてなかったのに。自分の頭から伸びた巻き毛は金色で、目がチカチカしてきた。私はプールの塩素で少し茶の勝った黒髪をしていたはずなのに、何故、どうして。
それにこの服には見覚えがある。ローゼンメイデンの深紅が着るドレスそのものだ。
「深紅、なの……?」
呟いた声は甘い。ああ、何で? 何で私は深紅の姿になってるの? おかしい、おかしい!
「これはトリップなのかな」
ローゼンメイデンなんて読んだことないのに。アニメを見てた友達が説明してくれて知っていることなんてキャラクターの性格くらい。何を目的として女の子たちが戦うのかも知らない中で、私が生き延びる方法はあるんだろうか?――いや、死ぬことなんてもう怖くないんだけれど。死ぬのは怖くないのに、戦って傷付けられるのは怖いだなんておかしな話。
「あれー? 女の子がいるよブラッド!」
「ああ? お前でもないのにこんなところに餓鬼が――いるな」
私が考え込んでいると、ポンポンと頭を叩かれた。見上げれば赤い髪の少年が私を見下ろしている。
「ねぇねぇキミ、どうしたのー?」
「どうしたの、って……」
赤い髪、優しい双眸、大きな丸眼鏡、間延びした平和な口調。――それだけなら、きっと気付かなかった。後ろにたたずむ金髪の青年の姿がなければ。
「お、父様」
「へ?」
「お父様!!」
私は気が付けば金髪の青年の足に抱き着いてた。――いや、いやいや、いやいやいやいや。お父様? この金髪の青年が?
「え、ブラッド子持ちだったのー!?」
「んなわけあるか!」
触れていると流れてきた青年の情報には、彼の名前以外にも色々なことを私に伝えた。
私が、彼――ブラッドの流した涙の宝石によってこの世に生まれたことと、この世界が『氷の魔物の物語』であることを。
「私はお父様の涙の宝石から生まれたから、お父様の娘なんだよ」
何でトリップしたのかとか、そんなことは分らないけれど。私はどうやらブラッドとイシュカの旅の仲間としてこの世に生を受けてしまったらしい。
「ばっ!――それ、ぜってーイシュカには黙ってろよ!? 良いな!?」
「はい、お父様」
誰もいなくなったあの世界を捨ててしまうだなんて許されないことだけれど。新しい世界で家族を作ることを――どうか、許して下さい。
+++++++++
氷の魔物の物語ネタをネタ話化してみました。いかがでしょうか……? 主人公は人形ではありませんが、ローゼンメイデンの深紅のスキル(接近戦得意・髪の鞭☆)を使えるということで。特殊能力は特にはなし、ただ宝石が主成分(100%)のためちょっとした奇跡が起こせる――ような? 01/03.2011
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