出奔出奔また出奔2



 家では束縛されることが多く自由を求めて旅に出たのだ、と言えば弥三郎が目をキラキラさせて手を叩き喜んだ。


「ホント!? なら弁丸はどこから来たの?」

「本州の北、甲斐から参ったのでござるよ」

「甲斐――遠いねぇ」

「そうでござるな……某も遠くまで来たものでござる」


 佐助があの年齢の中では突出した凄腕の忍だとしても、まさか四国までは来るまい。ふ、ふふふ、これで俺は自由だ!


「しかし親御も心配されているのではないか? 一度文を出した方が良いと思うのだが」


 内心にやけてると、松寿丸がそんなことを言いだした。見かけによらず人が良いみたいだ。松寿丸って酷薄な雰囲気してるんだけどな。


「心配召されるな、某が出奔いたすは初めてのことではありませぬゆえ! これで三度目でござる、とうに某の出奔に関しては諦めていることでござろう」

「……そうか」


 三度目とは豪快なと松寿丸は苦笑いし、俺はこの二人になら聞いてもらいたいと思い続けた。初めて会った人間に対して親身になれる人間は信用できる。


「某は国を富ますため、民のため父上に新しい肥料の開発や産業の促進を提言してきたのでござるが、幼い某の言葉はないものとされるばかりでござる。某は幼いからと言って国を富ませるための意見を退けるような国で燻りたくない――始めは奥州へ、次は越後へ出たのでござるが連れ戻されてしまった……お二方、お願いがござる。某のことを匿ってはくれまいか?」


 砂浜に膝を突き見上げれば、弥三郎が柔らかく笑み松寿丸は唇の端をクイと上げて笑んだ。


「何言ってるの、弥三郎と弁丸はもう友達だよ? 友達の必死のお願いを聞かないわけないじゃない」

「弥三郎に同じく。我は助けを求める友を見捨てなどせぬ」

「弥三郎殿、松寿丸殿……!」


 なんて良い奴らなんだろう、と俺は年甲斐もなく感動した。ここ七年くらい子供扱いされ続けて、対等に扱ってくれる人間がいなかったからかもしれない。弥三郎は周囲に花が散って見える笑みを浮かべながら俺の手をとり立ちあがらせ、その花びらのような唇で予想外な言葉を紡いだ。


「なら弁丸のままじゃすぐに見つかっちゃうし、あだ名考えたげるね! どんな名前にしようかなぁ、弁丸は可愛いから可愛い名前にしようね?」

「へっ?」


 感動していた俺の耳に、次々と「愛丸(ういまる)」だの「桃太郎」だのという名前が聞こえてきた。――あれ? ジリジリと後退し、松寿丸の横にぴったりと張り付く。俺と松寿丸にはまあまあの身長差があるから弥三郎から俺は見えないことだろう。


「松寿丸殿、某の耳はどうやらおかしくなったようでござる」

「奇遇だな、我の耳もおかしくなったところだ」


 おおよそ男に付けるには相応しくない名前がポンポンと弥三郎の口から零れ出し、「うーん、この名前は可愛くないからボツ」だのという恐ろしい独り言を呟きながらどんどん救いようのない名前へ昇華――じゃなく悪化させていっている。


「残念だったな、今日からお前は弥三郎の玩具のようだ」

「助けてくだされ松寿丸殿!」

「我には不可能だ。他を当たれ」

「他とは!?」

「知らぬ」


 そして「愛の太郎(次男だと言ったら愛の次郎と言い直された)」と呼ばれそうになったのを必死に止め、弁天丸と呼んでくれと言い聞かせた。











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 出奔×3の弥三郎は可愛いもの大好きっ子で、自分の容姿を理解している子。可愛い子には可愛い物を! な子。松寿丸と弁丸が可哀想な連載。
10/20.2010

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