黒炎を孕む風11



 甲賀が滅び、数年が過ぎた。風の噂――否、部下の報告に寄れば、かの猿飛佐助は甲賀を滅ぼした忍を探しているのだとか。上杉のくのいちとは折り合い悪く、会うたびに衝突しているらしい。殺し合って共倒れになれば良いのに。




 しばらくぶりに風魔の里へ帰れば、拾って帰った子供や村の子供たちがわれもわれもと駆け寄ってきた。欣喜雀躍してオレの里帰りを喜ぶ子供に心癒される。


「長さま、おかえりなさい!」

「おかーなさい!」


 ここは戦場ではないのだ、兜など無粋だろう――が、オレは自分の顔を晒す気など全くない。下からオレの顔を覗きこもうとする村の子供たちの頭を一撫でして屋敷に向かった。

 オレの屋敷はこの村の中で一番大きく、今は先代が屋敷の主代行として切り盛りしている。先代はもう四十代も後半だというのになかなか精力的な男で、十五も若い嫁を貰って二人の子供がいる。――オレの屋敷というよりは先代の屋敷と化している気がするのは気のせいではないだろう。まあ甲賀の遺児三人を預かってもらっている立場だ、文句など言えるはずもない。


「先代、ただいま帰りました」

「おう、良く帰ったな。して、金は」

「ここに」


 忍の育成は何かと金がかかる。畑仕事の手伝いの代わりに忍の修行をするのだ、農作物は必要最低限、繊維業など最低限度も満たしていない。つまり外から買わねば足りないのだ。


「毎回お前のところの主は金払いが良くて助かるな……。わしの時なぞ、雇い主が死んでパァになったことが何度もあるぞ」

「はっ」


 何度も聞かされた失敗談に苦笑する。これは笑い話ではなく同じ失敗を繰り返させないための教育だ。この年齢になってもまだ、先代にとって自分は尻の青い餓鬼でしかないらしい。嬉しいような嘆かわしいような。


「今回は何日いられるんだ? 余裕があるなら次代の小太郎候補を見ていけ」

「今日を合わせて三日は。――それはオレに選別させるということでしょうか」

「よし。いや、まだアレは年若い。お前も知っている通り次代の小太郎候補は三人いるが、三人が三人とも七歳に満たん。決めるには早い」


 頷いて了解の意を示せば先代はニヤリと笑む。そして表情を消し身を乗り出した。


「話は変わるが――毛利はどうだ。天下統一に乗り出すか」


 頭を振って否定すれば長嘆息が漏れる。


「お前の話を聞く限り、毛利が天下を取れば安泰なのだがな。自らをも駒の一つと見る客観性、私情を排した策、冷静さを失わぬ頭脳。素晴らしい」


 遠くを見つめ言う先代にオレは否やの言葉を投げかけた。今元就に天下人になられては困る。元就には三人目の天下人になってもらわなければならない。


「始めに織田あたりに天下を取ってもらわねば」

「どういうことだ?」


 先代が片眉を跳ねあげた。


「長きに亘る支配のためには三段階を踏まねばまず不可能です。先ず前体制を破壊する者、次に新しい体制を作る者、そしてそれを引き継いだうえで継続させる者の三人がいて初めて天下統一と言えるかと」


 破壊者は生産者にはなれない。生産者は利用者にはなれない。つまりはそういうことだ。――そう説明すれば、盛大に笑い声を響かせた後先代は膝をパシンと打った。


「小太郎、お前は昔から賢しいと思っていたが、本当に不思議な男よ。そのような考えを持つ者がこの天下に幾人いることか」


 お前以外に知らぬと言われそのまま酒宴に雪崩れ込んだ。毒に体を慣らしているオレたちが簡単に酔うはずがなく、気が付けば屋敷の酒を飲み干していた。











+++++++++

 三段階の支配については「織田がつき、羽柴が捏ねし天下餅、座りしままに食うは徳川」の解釈から引っ張りました。思いっきり政治的な話になったけど良いよね!
09/13.2010

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