いただきます1
幻の食材と言われるハリボーピッグ。その肉はフルーツのように香り、軽く火で炙れば舌の上でとろけるのだとか。他の豚や猪のように寄生虫の心配はしなくても良いからレアでも十分楽しめる最高級食材だ。頭数も多く捕まえるのは美食屋でなくとも簡単で、全国の養豚場には数百頭のハリボーピッグがいるしペットとしてそれを飼う者も多い。が、その肉は幻とされている。まず一生かけても食べられないことで有名だ。それは、なぜか。
「駄目です料理長、オレには、オレにはぁぁぁぁぁ!!」
「貴方は鬼ですか、悪魔ですか?! オレはこんな……惨いこと出来ません!」
とある養豚場にて、ホテルグルメの料理人たちが泣き叫んでいた。
「ボクだって、ボクだって無理です!! どなたか頑張ってください!」
そしてホテルグルメの料理長である小松は、涙を滝のように流しながら部下たちを応援している。彼らの目の前にはその幻の食材ハリボーピッグが小首を傾げて座っており、泣きながら自分のことを撫でる彼らに頭をこすりつけたりしていた。
幻が幻たる所以、それはハリボーピッグの特徴にある。豚は清潔好きであり、それはハリボーピッグにもあてはまる。トイレの場所は覚えるし水浴びも好む。少し硬めの毛はしかし絹糸のように手触りが良い。大きさは成獣でも体長五十センチ程度という小ささだ。そしてなにより、愛らしいのだ。見た目が。つぶらな瞳に小ぶりな鼻、庇護欲をそそられるその姿に堕ちない者は人間ではない。――いや、動物であっても堕ちる。だからこそ生存競争を生き延びてきたのだから。食べると言うことは殺すということであり、そんなことは普通の感性をしたものなら不可能だ。よっぽど冷酷かゲテモノ好きであれば可能性もないではないが、今のところその『凍った心をも溶かす』と言われる愛らしいハリボーピッグに刀を振り下ろせる者がいたためしはない。
「そうだ、トリコさん!」
是非ハリボーピッグを食べたい、食べさせろ、という無理難題を突き付けてきたとある国の政府高官のため屠殺しに来たは良いが殺せない。小松は知り合いの美食屋に希望の星を見た。が。
「あ、ハリボーピッグ?」
「はい、この子なんですけど……」
養豚場から貰い受けてきたハリボーピッグを差し出す小松にトリコはとろけるような笑みを浮かべた。ハリボーピッグ可愛い。
「名前も付けたんです、プーちゃんって言うんですよ」
「か、可愛いじゃねぇか……! で、プーちゃんをオレはどうしたら良いんだ?」
「殺して下さい」
その日、小松は初めて号泣するトリコを見た。
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夢主のゆの字もない。夢主の視点はどこへ行ったのか、書いた本人も分らないこのミステリー。 04/16.2010
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