黒炎を孕む風2



 オレは運良く風魔に拾われた。『猿飛』『甲賀』『風魔』とくれば戦国時代に違いない。忍になるのだとはっきり考えたためか、目に映る全てを記憶しようという想いが働いたのか。オレは瞬間記憶能力というものを得たらしい。一目見れば完璧に覚えられ、そのおかげで文字の習得も容易かった。ミミズののたくったようなと表現されるこの時代の文字だが、これは毛筆で書くために自然とこうなった――つまりアルファベットにおける筆記体の様なものだ。繋げ方さえ覚えれば現代人でも分る、いや、分らなければ解読できない。

 オレは午前中に庭を駆け回り午後には書を読み過している。数えで三歳になったばかりのオレには忍になるための訓練はまだ早いと言われ、仕方なく机上で忍の技を学んでいる。流石は風魔の里、大陸伝来の書物が多く兵法書から経典まで多くあり読み物に困ることがない。


「拾朗は物を覚えるのが早いのう」


 拾われた子供だからか拾朗と書いてじゅうろうと読む。十浪でないからマシか、という以前に現代じゃないから浪人するはずもない。ここは戦国時代、それもオレが目を剥くような武将の顔ぶれだった。伊達家に梵天丸、真田に弁丸はまだ分る。だが中国四国に弥三郎と松寿丸、尾張に織田信長がいるのがおかしい。時代背景をまるで無視した顔ぶれじゃないか。そしてオレは理解する。パラレルワールドというものだろうと。オレを引き取った翁が人間にはまず不可能な技を披露した時からおかしいとは思っていたが、信じたくなかったのかもしれない。


「翁、オレはもっと学びたい。忍として、体術も」


 翁は風翁と呼ばれるこの里の先代族長だ。頭を撫でてくれる風翁を見上げ言えば、嬉しそうに笑んでオレの頭を更に掻きまわした。風魔は中国大陸からの帰化人――かつては渡来人のことを帰化人と呼んでいたからそれに合わせるべきだろう――の末裔で、つまり言うなれば毛色の変わった人間などシルクロードで見慣れた者たちと、その毛色の変わった者と現地人の相の子の子孫だ。髪の色が赤かろうが金であろうが気にしない下地を持っている。怪物と捨てられたオレだが、この風魔の里は心地良く逆に捨てられて良かったとさえ思える。もし捨てられることなく甲賀の里にいれば、畜生に劣る扱いを受けていた可能性が高い。

 だが甲賀の里を恨まないかと言えば話は別だ。オレは必ず甲賀の里を滅ぼす。もちろんオレの兄である猿飛なんとかも対象に含まれている。妬みだと言いたければ言え、オレはあいつが憎い。少なくともあいつは『望まれて生まれた』んだ。オレは母である女の命を奪った怪物と謗られ、あいつは見目こそ歓迎されなかったようだが、存在することを許された。だからオレは今の自分の顔が嫌いだ。好きになれるはずがあるか? 双子ならば顔がどうしても似てくるもの、声もきっと似ているに違いない。髪はオレの方が赤いらしいが、それは問題じゃない。このオレを構成する精神以外の全てが甲賀の者によって生み出されたことが厭わしいんだ。


「拾朗、お前は優秀な忍びになるであろうなァ」


 オレの瞳の底に闇を見たと言って笑んだ風翁を見つめる。オレが強くなるのは、甲賀の里を滅ぼすため。だがそれだけじゃない――オレを拾ってくれた風翁の守る里を、オレも守りたいから。風魔はオレが闇の中に見出した光、決して徳川に滅ぼさせなどしない……。


「じゃが、お前はまだ幼い。忍の訓練を受けるにはまだ体が出来ておらぬのよ」

「分ってる、分っているんだ……」


 ポンポンと頭を叩かれ肩を落とす。風翁にはオレが生まれた時の記憶があると言うことを言っている。前世の話はあまりに荒唐無稽すぎて言えなかったが、時折この時代にもいるのだろう、オレの話を風翁は信じてくれた。そしてオレが甲賀の里に復讐したがっていることも、風翁は知っている。気が逸るオレに風翁は優しく言った。


「お前が一人前の忍になるまで十年とかからぬ。なにしろお前には素晴らしい能力があるのじゃ、薬草などの知識もお前のことじゃから覚えているのじゃろう?」

「うん、休暇中の人に教えてもらって……山に入ってる」

「お前は自我が目覚めるのが早かったが故に、他の者どもに比べて全てを先取りできておる。そしてこれは儂の感じゃが――お前は婆娑羅が目覚めるに違いない」


 オレは顔を上げた。婆娑羅はこの世界では歌舞伎者を言うんじゃない。超常的な能力のことを言う。――その婆娑羅の力がオレにあるとすれば。頬が熱くなる感覚がした。その婆娑羅の力で、あいつらを殺し尽してやる。殺し尽し、奪い尽くし、焼き尽くす。太平洋戦争中に置いて関東軍が三光作戦と題したそれをしたとされるが、『三光』は元々中国の、敵国の全てを葬り去ってきた歴史による考え方だ。血を引いているわけではないとはいえオレはその血を引く人間に育てられているんだ、情けをかけるつもりなど全くない。もし風魔の里が今のオレを作ってくれたと言うのなら――オレは風魔を必ず存続させて見せる。


「そうか、婆娑羅者なのか……オレは」

「うむ」


 婆娑羅の目覚める日が、とても楽しみだ。









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 まだ戦闘シーンなどがないために、主人公の思考が九割を占めると言うことに。なんてこったい!
08/26.2010

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