右手に拳銃、左手にナイフ
苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい。ココロが、イタい。
グールと化した両親に生前の面影はなく、ただの醜い獣でしかない。母の腕の中で眠っていた弟は母の手によって引き裂かれて死んだ。――転生する前、日本人だった時。グロい漫画やアニメなんて平気だった。いくら血が流れようが内臓が飛び出そうがあくまでそれは『非現実(ファンタジー)』……紙面の向こうで画面の向こうの世界だった。でも、今私の目の前で醜く歯を剥きだし涎を垂らし、我が子の死肉を屠る女は何よりも現実だった。父であったグールと柔らかい赤子の肉を奪い合う怪物は、私に気付いた様子はない。逃げるなら今だ――だけど、体が動かない。足が棒きれになったように私の言うことを聞かず、ただ数ヶ月前に生まれたばかりの『弟だったもの』が咀嚼されていく様を見つめることしかできなかった。
外から聞きなれた声の悲鳴が上がった。あれはマイクの声だ。それに気付いて私の足は随意運動を思い出す。踝を返し走り出す。弟はもう無理だ。そんな冷たい声が私の頭に響いた。もう生命活動に必要な血液も肉体もない死体だ――何を情けないことをしている? 今私がすべきことは生き残ることだ。仲間と共に。
「マイク、マーイク!」
吸血鬼のクソ野郎がどこにいるのかは知らないけど、何よりも「生き残った仲間と一緒に」助かりたいから大声でマイクを呼んだ。クソ吸血鬼に見つかったら見つかったでそん時だ、マイクにはすまないけど一緒に死んでもらおう。原作じゃセラスねーちゃん以外の皆死ぬんだから。死ぬ気でやりゃあなんとかなる。
「パイン!」
「マイク、秘密基地に逃げるぞ!」
「――あ、ああ!」
怒鳴る様にそう言い、同じ場所を目指して走り出す。そこかしこからグールと化した村の皆が腕を伸ばし捕まえようとしてくるけど、こっちが小柄なのを生かして手をかいくぐり逃げた。私たちの秘密基地――それは、大人じゃ入れないところにある。子供の体だからこそ入りこめる村の倉庫の床下――吸血鬼の野郎自身が来ない限り無事な場所だ。そこから外を窺い見れば、人間としての生命活動を終えた村人たちがズチャッ、モチャッ、と腹から腕から脚から血を流しながら歩いている。隣んちのマリアねーちゃんが腸をはみ出させながら歩きまわってるのが目に飛び込んできた。ねーちゃんヴァージンじゃなかったのか。それとも犯されてから噛まれたのか。どっちにしても気持ち良いもんじゃない。隣でマイクが顔を真っ青にして歯をがちがち鳴らしてる。
「パイン――あれは、本当に、皆なのか?」
「違うね、あれは皆じゃないよ」
「でも……どう見ても、あれは」
「全然違う。皆はもう殺されたんだ。吸血鬼が皆をあんなのにしたんだ。私は見たんだ――あれはもう皆じゃない、皆の皮を被った化け物だ」
偶然影から見てしまった、殺された皆がグールになっていく姿。急いで家に帰れば弟が引き裂かれていた。床に落ちた血さえ舐め取ろうとするアレは、もはや両親なんかじゃない。ただの畜生にも劣る怪物だ。
「パイン、おれ怖いよ――」
「私だって怖い。でもきっと助けが来る!」
「パイン」
マイクが私を縋るように見つめた。私はマイクを見つめ返す。私にはマイクを守る使命がある、平常心を失ってなんかいられない。憎しみに身を焦がすのは後からでもできるがマイクを守ることは今しかできない。私は基本的に淡白だ――目の前にするべきことがあれば他を平気で無視する。
と。外から悲鳴が聞こえた。あれはジャックんちの妹、ジェシカのだ。助けに行かなくっちゃ――後ろを振り返り、今日この日のために置いてた棍棒を掴む。
「マイク、私はジェシカを助けに行く。お前はここで待ってろ」
「何言ってんだパイン! ここを出てったら殺されちまう!!」
「だからと言ってジェシカを見殺しにはできない!」
恐慌状態に陥って悲鳴を上げるマイクを睨み、言い聞かせるように言った。
「マイク、お前はここから出るなよ。私はジェシカを連れてすぐに戻って来る」
私は飛び出した。そして、飛び出さなきゃ良かったと――深く後悔した。
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某ジャシン教信者(心の友ともいう)が大喜びしたので、僕もノリノリで書きましたイエーイ☆ 08/21.2010
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