TMRの日記2



 クロロとやり取りをするようになって数カ月が経った。始め、クロロはひらがなカタカナと少しの漢字しか分らないみたいで、少し難しい漢字を出すとそれはなんて読むの? と聞いてきた。小学生なのかなと思った時もあったけどどうやら違うみたいだった。クロロは十二歳で、私の一つ下。ひらがななのはクロロの国の文字じゃないから、それと――


『オレの住んでるところはゴミの山だよ』


 私は前にテレビでやってたフィリピンのストリートチルドレンを思い出した。私とクロロの住む世界は違うんだろうってことは、前に分ってた。クロロの話には私が聞いたこともない街の名前が時々出てきたし、誰でも知ってるだろうって思ってたアメリカの存在を知らなかったりしたから。――これは異世界と繋がってるんだって、ちょっとワクワクしたんだけど、な。異世界も楽しいものじゃないみたい。


「えーっと……確か、有毒なガスが出てるとか言ってなかったっけ」


 確か、ゴミの山を漁って生きてる子供たちの寿命は短いと聞いた。押しつぶされたゴミが化学合成して、有毒な気体を発生させてるんだと。


『弱い奴は皆ガスマスクをしてる』

「なるほど」

『ところで、昨日の続きが気になるんだけど――良い?』

「もちろんよ」


 勉強なんて私はあんまり好きじゃないんだけど、勉強を出来ない環境の人たちからするとこれは羨ましいことなんだってテレビで言ってた。だから私はクロロが読みたいっていう本を手書きで写したり、知りたいって言った事をネットで調べたりして教えた。そんなこんなをしてる内に私も本が好きになってきて、ハリポタ以外の本も読むようになった。

 今はクロロのために政治学の本を書き写してる。あんまり意味分んない。


「クロロにこの本を直接送ることができたら良いのにね。そしたらクロロはもっとたくさんの本を読めるでしょ?」

『うん、そうだろうね。でもオレは喜柚が書き写してくれるのが嬉しいよ』


 クールだ……! クロロは年下のくせにいちいち台詞が恰好良いから照れる。


「有難う」


 散々迷ってそう書けば、クロロからの返事は楽しそうに文字が躍ってた。


『こっちこそいつも有難う、喜柚』

「……うん」


 短く返事をすれば、お休みの一言が書き込まれて今日のクロロとのやり取りは終わった。

 ダメだ、私、日記帳の向こうのクロロに――恋してしまった。いつまでも話していたいとか、顔を見たいとか、そんな考えばかりが浮かんで消えない。クロロがどんな顔をしてても、クロロがどんな声をしてても、別に良いの。ブ男でもだみ声でも胴長短足でも若禿げでも良い。きっとこの淡い恋は消えないって自信がある。


「会いたいよ……」


 優しくて恰好良い、紙の向こうの男の子。リドルに心を許したジニーの気持ちが分っちゃう。だって、まるで「自分を求めてくれてる」みたいなんだもん。

 ノートの次の行に「好きです」って書いて、すぐに消しゴムで消した。













 オレたちなんかとは全く違う、別の世界に暮らす女の子。――喜柚と出会えたのは、いつものようにゴミの山を彷徨い歩いてる時に見つけた一冊の冊子のおかげだった。ゴミの山には不釣り合いな綺麗なノートで、表紙に古代語で日記と書かれていた。

 売ってしまうのが嫌で、拾ってから数日、暇があれば真っ白なノートを眺めていた。全く使われた様子のないこのノートが何故捨てられていたのかは分らないが嬉しい拾いものであることに変わりはない。――そして、いつものようにノートを開きまっすぐな罫線に感嘆のため息を吐いていた時、それは起きた。


『わたしの、名前は、喜柚です。あなたは?』


 使われなくなって久しい古代文字――たしかジャポン文字といったはずだ。だいぶ前に覚えようとして量の多さに後回しにした文字が、ごく自然な筆致でさらさらと浮き出てきた。


「何故」


 ジャポン文字を習得するのは難しい。ひらがなカタカナに加え漢字を覚えねばならない。それも音読み訓読み、同音異義語等の面倒な規則が多く覚えるには骨折りだ。

 オレはこの本が怪しいとか考える前に鉛筆を取っていた。おれはクロロ――気付けば、そう書き込んでいた。


『私と、友達になってくれる?』


 顔の見えない、どこの誰とも知れない人間。普通なら鼻で笑って拒否しているだろうことにオレは了解の返事をしていた。喜柚――なんと読むのかは知らない。だがこれから付き合うことになるだろう相手の名前。






 数カ月もすればオレもジャポン語を読み下すスピードが速くなり、喜柚ともタイムラグのない会話が出来るようになった。喜柚はオレのために本を手に入れては書き写してくれ、俺が知りたいと言えば調べて教えてくれる。だがオレは喜柚を良いように使っているつもりなどない。

 オレは本を手に入れられる環境にいるわけじゃないし、知識を蓄えたところでどうにかなるような流星街だとも思えない。だから本を頼むのはオレの我がままで、書き写してくれるのは喜柚の優しさだ。彼女が恵まれた環境にいることは分っているが、彼女がオレのために時間を割いていることが何よりもオレを上機嫌にさせる。食べ物や飲み水を求めて歩き回る必要もなければ働く必要もない喜柚には時間がたっぷりあることは分っているが。


『クロロにこの本を直接送ることができたら良いのにね。そしたらクロロはもっとたくさんの本を読めるでしょ?』


 喜柚が申し訳なさそうにそう書いてきた。オレはくすりと笑ってしまう。


「うん、そうだろうね。でもオレは喜柚が書き写してくれるのが嬉しいよ」


 喜柚が、オレのために、書き写している。それがどんなに嬉しいか、彼女は知らないのだ。


『有難う』


 照れたのか少し硬い文字で書かれた言葉に、こちらこそ礼を言いたいと書き返す。


「お休み喜柚、良い夢を」


 もう夜も遅い。オレは喜柚の書いた文字にキスを一つ落とした。


「――会いたい」


 もし会えたなら、君を抱きしめて言うんだ。大好きだと。









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 二話目なのに展開が早い。のたもたしてたら進まないと思ったらいつのまにかこんあことに^^
08/16.2010

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