月が綺麗ですね2



 ツナと会ってから逃げるようにマンションへ帰り、実はあったらしい指紋認証(出入り口)と網膜認証を経て部屋に転がり込む。


「はぁ、はぁ……はぁっ」


 一人で話す分には普段通りで、何の問題もないのだ。舌をかむこともないし言葉に詰まることもない。なのに――人と話す時だけ、舌が思うように回らない。何で何で何で――これじゃあ勘違い夢主と同じじゃない……! 床に這いつくばって、四足で居間へと進んだ。顔を上げたくない――嫌な現実が飛び込んできそうで。前を見ずに進んでいると机の角に頭をぶつけた。


「ったぁ!!」


 頭のてっぺんが! これは痛い、流石に痛い! たんこぶができた気がする。顔を上げて見れば、出た時と変わらぬ内装。そしてやはり、私以外の誰もいない。だって、そう――これは異世界トリップだから。勘違い主設定の。勘違いされ主は美しくて誰もが見惚れる美少女ないしは美少年。でも中身はただのチキンで、恐怖のあまり舌を噛んだりして、周りに勘違いされる言葉をボロボロと言い放つ。ただ怖がっているだけで殺気を出しているように思われ、微笑み一つで全ての人間の心を溶かす。――違う、私は違うんだ。そんなのじゃない。ただの童顔気味の女で、そんな美貌なんてない。怖い、周りが怖い。きっと外に出れば勘違いされるに決まってる。そんなの私じゃない!


「あ――うー」


 よたもたとソファによじ登り、寝転がる。世界を越えた誘拐だって酷いのに、私自身を見ることのない人に囲まれるなんて我慢できそうにない。マンションから公園への行き帰りだけで、私はもうこの「設定」が怖くなった。話しかければ卒倒する人々、真っ赤になって顔を背ける人々、試しに呼んでみれば来た烏。こんなのってないよ……。


「う……う、うわぁぁぁぁぁぁぁ!」


 涙は何故か、出ない。だから叫びながらクッションを振り回した。半身を起してクッションをやっためたらに振り回し、理不尽な異世界トリップのストレスをぶつけた。クッションがテーブルの上に乗った何かをなぎ倒し床にバラバラと落とした。……小冊子と封筒?


「なに、これ」


 拾い上げれば、小冊子だと思っていたのは通帳だった。残高はゆうに国家予算の数百倍。桁の多さに目がチカチカする……。そして封筒を開けて見ればワードで書かれた手紙が入っていて、それにはこう書かれていた。

 『突然の異世界トリップにさぞ驚かれたことでしょう。我がTTAW社は「今までにない自分の発見」を目的に、お客様を異世界旅行へと招待いたしております。我が社は全てのお客様にご満足頂けるよう日々進化しておりまして、今回、お客様には「勘違いされ主」としてご旅行頂くこととなりました。旅行の期限はございませんので、十分に異世界旅行をお楽しみください。なお、お客様のこの部屋と通帳はお客様名義となっております。こちらでの生活を楽しく過ごせることをお祈り申し上げます』


「祈ってりゃ許されるとでも思ってるんだろうか」


 これから分ったのは、私が家に帰れないことと、勘違いされ主として過さなくちゃいけないってことだ。封筒に他に入っていたのは戸籍謄本と個人情報の書かれた書類、納税の仕方☆ とか書かれたふざけた本だった。


「十二歳とか、一回り下じゃんか」


 私の年齢は十二歳――ツナと、同い年だった。










+++++++++

 次は時間飛びます。しばらく佐久弥は不登校。
07/17.2010

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