月が綺麗ですね



「知らない天井だ……」


 たとえば保健室とか、友人の家か親戚の家に泊まりに行った時とか、起きた時に一度は言いたい言葉ベスト1に輝くその言葉。それに、地獄があるなら血の池地獄に行きたい。そこで「気持ち悪い……」って言うから。

 とか、現実逃避するのはここまでにするべきかもしれない。私は誘拐されたんだろうか、それにしては部屋の内装が豪華だし、実家はただのうだつの上がらないサラリーマンだ。だいぶ前のことだけど、お母さんに洗濯物をお父さんと一緒に洗って欲しくないって言ったことがある。そして泣いてお父さんが「そんなこと言うなよぅ!」って言った時に私の反抗期は終わっている。嫌悪感よりも憐憫が先立ったから。だから反抗期に多くの方々が経験すると言う「夜の街を徘徊」とか「無免バイクで制限時速の壁を飛び越え、白パトと追いかけっこ」とかは全くしていない。

 私が恨まれた覚えも父親が恨まれるような要因もない。なら何で私はこんな金のかかった部屋で寝ているのか。実は私は金持ちの娘で、赤ん坊のころに誘拐され、何も知らない我が両親に引き取られたのだ! とかいう設定でもあったんだろうか。母子手帳があったからそれはないか。


「ここはどこ……私は誰、なんて」


 名前を忘れてるとかそんなこともない。私の名前は此花佐久弥だ。年齢は二十二、就活に失敗し、晴れて自宅警備員になった大卒だ。なに? 私が泣いて見える? それは目の錯覚さ。

 拘束もされてなかったので部屋を出て探検してみることにした。どんだけ広いんだ、このフロアだけで三階建て住宅の敷地面積三つ分に相当すると思うんだが。居間なんか三十畳あるし、テレビは薄型の最新式で、確か光源に四色使ってるんだったかな? 暖炉あるし、食器棚がアンティークだし、天窓あるし。キッチンは食洗器完備のL字型システムキッチンで使い勝手良さそう。キッチンのくせしてどうしてこんなにスペースとってんだってくらい広いからなんか勿体ない気がする。冷蔵庫はアレだよ、冷蔵室が三百二十リッター、全体で六百十六リッターのでかいやつ。ここの住人が何人暮らしなのかは知らないけど無駄過ぎる。てか食料保存室まであるの? 玉ねぎとか釣るしてあるんだけど。

 他の部屋も似たような豪華さで、この家にいくらかかったのか是非とも教えて頂きたいくらい無駄に金をかけていた。


「出よう……ここは私のいるべき場所ではない、もっとこう――庶民的なのがお似合いなのさ」


 自嘲気味にフッと笑って玄関まで行けば、絶滅したはずのニホンオオカミっぽいイヌ科の動物のはく製が置いてあった。犬は好きだ、が、狼となると怖い。はく製だからということで頭を何度か撫で、置いてあった靴を履いて外に出た。オートロックらしくガシャンといった扉になんだか不安になる。誘拐された私が言うのも何だけど、ここの住人はちゃんと鍵を持って外に出たんだろうか?

 見れば網膜認証の扉だった。いつの間に小型化したんだろうか。巨大すぎて汎用ではないと聞いた覚えがあるんだけど。でもこんな機会でもなければ網膜認証なんて試す機会ないし、ちょっと試してやれ――

 ガシャン。


「……うん?」


 ピピッとかいう電子音の後、扉の鍵が開いた。何故。三十秒ほどおいてまた鍵が回る。閉まったんだろう。


「細かいことは気にしないに限る」


 気にしないことにした。そうでもしなくちゃやってられない。表札に「此花」って書いてあったのは見間違いに決まってる。





 私のいた部屋は、高級マンションの最上階、ワンフロアぶち抜きだった。誘拐犯め、腐れ死ね! とか思いながらエレベーターを降り、外に出る。……知らない地域だ。全く見覚えがない。とりあえず交番にでも行って保護してもらえば大丈夫だろうと歩きだし、何故か私に集まる視線に眉根を寄せる。

 なんかさっきから、すれ違う人間みんなが、チラチラとこっちを見ては頬を染めて顔を背ける。「眼福」「美しい」とか聞こえるけどなにそれ、目がおかしいんじゃないの? 私はこの二十二年間ずっと友達や彼氏から「平凡な顔だけど愛嬌はあるね」と言われ続けた顔だぞ。二年前に別れた彼氏には「オレ、ロリコンなんだ。佐久弥なら法的に問題なく結婚できるよな」と告白されるくらいの童顔で、コンビニでタバコを買おうとしたら毎回年齢確認のために免許証の提示を求められる。――私は可愛いわけじゃない。童顔なだけで。

 そういえばここって何町なんだろうか。電柱には「並盛町二丁目五の五」と書かれていた。――おかしいな、私の目がおかしくなったらしい。もう一回。「並盛町二丁目五の五」。並盛ってアレでしょ、拳銃で眉間をバーンと殺ってリ・ボーン! と復活する漫画の舞台でしょ? 実在するはずのない地名に顔から血の気が引いて行くのが分る。嘘だ、嘘だ……そんなことがあるわけない。

 ふらふらと歩き回り公園を見つけた。ブランコと滑り台、鉄棒しかない寂しい公園だけど広さだけは十分で、そのブランコに私は腰かけた。ここ何年も乗らなかったブランコに少し懐かしさを覚え、そういえば二番目の彼氏は私がブランコに乗る姿をとても喜んでいたのを思い出す。ロリコン好みの身長と見た目だったからなぁ。――なんだ、私の歴代彼氏って皆ロリコンだったんだ。

 は、と自嘲する。おかしいなぁ、涙が出てきたよ。つまり皆は私を好きになったんじゃなくてロリ顔を好きになったんだ。おかしいな……おかしいな。はあ。


「……あ」


 ガサリ、と道路の方でビニールの擦れる音がした。なんとなくそっちを見ると、琥珀色の瞳にススキ色の髪がふわふわと跳ねた少年が醤油を手に立っていた。見覚えがあるなーなんてどころじゃないよ! 何度も見たよ、それも紙面で! やっぱりここはリボーンだったんだ。

 もう笑うしかないやと笑えば、ツナは顔をみるみる赤くする。風邪だろうかだなんて全く思わない。今までの通行人の反応でそれは分っている。


「また――」


 ため息を吐いて、これまた酷いと言おうとしてつっかえた。立ちあがり家に帰ろうと思ったけどお金がないし、ここが何県かも知らないし、とりあえず誘拐犯の用意したマンションまで帰ろうと考える。方向音痴じゃないけど、色々と見て回ったから暗くなってから帰りつける自信がない。


「まっ、また、会えますか?!」

「ああ」


 と、ツナがそう声を上げた。さあね、と言おうとして舌を噛んで痛い思いをする。私滑舌良い方なんだけどな、なんでかな――。まるで、これじゃ勘違いされ主みたいじゃ、ない……の。

 まさか、と頭のどこかが言った。でも、と頭のどこかが言った。












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誤って後半消去。加筆してうP
06/19.2011

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