輝々良妻ですから
富太郎たち三人の安産祈願以外に、私は里の外に出たことがない。それも小太郎が私を抱きかかえて神社のすぐ近くまで行ったから――里以外の場所なんてさっぱり知らない。麻次郎が四歳になって忍びとしての修行が始まり、私も暇な時間ができた。結婚前までこんなに暇だったんだと思うとなんだか感慨深いものがある。
暇のつぶし方なんてすっかり忘れた私はおねだりしてみた。
「小太郎、私も外に行きたい!」
とたん小太郎が泣きそうな顔で私の肩を掴んで口パクを始めたから必死に読唇してみれば――
『捨てないでくれ』
『俺には貴女を繋ぎとめられる魅力がないのか』
などなど、男として情けないって自分で思わないんだろうかってこっちが不安になる位の泣き言を言ってた。普段は恰好良いのに、なんで時々こんなになるのかなぁ。
「やだな、小太郎。私は『私も行きたい』って言ったのよ。小太郎と一緒に行きたいの、駄目?」
とたん小太郎は元気になった。もの凄く張り切って、オレに任せとけと言わんばかりで頼もしくなった。一体何が小太郎をする気にさせたのか分んないけど、旅行に行けるからどうでも良いや。
そして次の日出発。山道は小太郎に抱きあげられて進み、街道に降りたところで手を繋ぎ歩く。目的地は小太郎の仕事場がある小田原城なんだって。そこで甘味を食べて一泊して、帰る。短い旅だけど外を見れて凄く嬉しい。
「小太郎、はい、あーん」
「ん」
赤い髪だと目立つから小太郎は今濃い茶髪に染めてる。なんだか違和感があるけど、ちょっと目新しいし良いかもね。新鮮な気持ちになるよ。
今は街道沿いの茶屋でお団子を二人で食べてる。どこのバカップルと苦笑したくなるくらい私と小太郎の間に流れる空気は甘い。食べさせ合いっこしてるし。
「あ」
「あーん」
小太郎は声が出ないって言っても単なる音なら言える。それと、普段一言もしゃべらないから全く口がきけないように思えるけど、一応声が出せることは出せるらしい。本来の声以外の作った声ならいくらでも話せるんだとか。
「美味しいね」
「ん」
店のおばちゃんが微笑ましいものを見る目を向けてきてるのを背中に感じつつ二皿頼んだ団子を完食した。もっちもっちしてて美味しかった。
「美味しかったです」
「あんだけ幸せそうに食べてもらったら団子も本望だよ、また来てよ」
おばちゃんが手を振るのに振り返しながら小田原への道を進む。
小太郎との小旅行は往復合わせて五日の中規模なもの。その半分弱が過ぎちゃったのを残念に思いながら、そろそろ見えてきた城を遠くに見ながら笑った。
旦那の職場に来る妻って、なんだか幸せなカップルじゃない?
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可愛い感じを目指してみた。
09/09.2010
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