輝々懐中もなか
陰気なクリスマスソングが微かに聞こえてくるのを右から左に聞き流しながら、私は暖炉の前で本を広げてた。今日は死喰い人の皆さん総出でスリスマスだそーだ。仮面はクリスマス用だとか言って仮装パーティーっぽいのをつけてて、みんな似合ってたけど気持ち悪かった。私? 私はアレだ、寒いのは嫌だから丁重にお断りした。今は部屋でヒッキーしてる。
「鈴緒、来ないのか」
冷気がブワーっと流れ込んできた。ヴォルディーが呼びにきたらしく、扉が開け放たれたんだけど――寒い。超寒い。ヴォルディー死ね。寒いんだ、死ね。
「アバダ・ケタブラ」
杖を振ればあらぬ方向に呪文をかわされた。憎たらしい奴だ。
「そんなに出たくないのか……」
「寒い。死ねヴォルディー、寒い」
クッションを抱きしめて睨みつければ、部下に向けてるよーな凛々しい表情なんてどこに捨ててきたんだろーかって思うくらい情けない顔をした。
「寒いから……死の呪文を唱えるのか……」
「当然。さっさと出て行くか、部屋の中に入って」
ヴォルディーは部屋の中に入って、扉を閉めた。冷気の流入が止む。うう、だいぶん冷えちゃったじゃないかヴォルディーのボケナス。達磨焼きにして食うぞ。
「ん? この甘い香りは何だ」
部屋にはあんこの甘い香りが充満してたんだけど、外からじゃ分んなかったみたいで、ヴォルディーは首を傾げた。
「日本のインスタント食品の匂い」
懐中もなかは最強だと思う。もなかの皮のもっちりとした食感とか優しい小豆の甘みとか、ヨーロッパにない類の甘さだかんな。二十一世紀越えたら日本文化がヨーロッパに浸透してくるんだけど、まだ二十一世紀なんて遠い夢だもんなぁ。ハリーが生まれるのだって1980年だってのに、まだアブラカタブラがしぶとく生きてるんだぞ、まだまだ遠い話じゃないか。
「ふむ、一つくれ」
私がスープカップに作ってたインスタントしるこを指し示すと、ヴォルディーがもう一つカップを呼び寄せた。仕方ないな、一つだけだかんな。それ以上はやらないんだからな。本当に一つだけなんだからな!
「お箸なんて使えないだろーし、スプーンで混ぜりゃ良いよ。溶けきるまでかき混ぜること。OK?」
「分った」
私とヴォルディーは二人で懐中もなか食べて、緑茶飲んだ。三十分くらいしてヴォルディーを呼びに来たアブラカタブラを、扉が開くと同時に吹き飛ばしてやった。冷気を入れるんじゃない。
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