輝々
異文化交流は難しい

 真っ赤なポルシェがキキィ! とタイヤを唸らせて止まった。フォルクスワーゲンと合併するだとかそんな不景気な話はセレブリティーには関係のないこと、今日も彼女はガソリン代を気にせず走りまくる。


「車は酔うな……怨むぞレイノ」


 真っ青な顔をして後部座席から車外へ転がり落ちたのはドラコ・マルフォイ。


「運転する立場だとそんなに酔わないよ。早く免許取りなよドラコ」


 今では健康志向や何やかんやの波に乗りもてはやされる日本文化。先見の明というか実際に知っていた強みにより、誰よりも先んじて日本文化をイギリスに持ち込んだレイノ・スネイプは今や時の人だ。でも乗るのは日本車じゃなくてポルシェ(当然ながらドイツであり日本のはずがない)。今日レイノが友人を連れ来たのは、イングランドの最南端。


「行こう、ドラコ。すぐ先のこの海に、美味しい食材がたくさん泳いでるんだよ」


 リザード岬から望む、大陸とグレートブリテン島を引き裂くドーバーを見よう。ついでに手にはアイスクリーム――コーニッシュ・クリームのアイスクリームだ。レイノが食べられるかと言えば否。もちろんこれはドラコの分。現在絶賛グロッキーなドラコが、アイスクリームが溶けきる前に復活するかどうかが問題だが。

 吹き付ける強風に逆らいながら、草と潮の香りが混じる道を進んだ。ここはナショナル・トラストが管理していて手入れも行き届いているし、ランズ・エンドにくらべて観光名所化していないから、観光地らしくなくて心地良い。

 白く丸い花が風にそよぎ、吹き上げの潮風が体を押す。岬は浜というよりはリアス式海岸と言う方が近く、断崖が海に沈んでいる。


「今食べ物の話をしないでくれ……」


 だいぶん間を開けてから答えたドラコにレイノは笑い声を上げた。これはもう、簡単に治まらないくらい酔ってるみたいだ。


「今日はここらへんでどっかに泊まろっか。美味しいB&Bの店見つかるかな」


 耐えきれず座りこんだドラコにそう言えば、彼は心底嫌そうに顔を歪めた。


「僕はまた酔っても良い――レイノ、僕は親子喧嘩に巻き込まれるなんて冗談じゃない。早く家に帰れ」

「えー? ヤだよ。だいたいセブが悪いんだ。日本国籍とっちゃ駄目だなんてさー」

「僕も反対だぞ。あんな国に帰化してどうする気だ?」

「どうする気って、日本人になりたいの」


 レイノはつい数時間前父親であるセブルスと盛大に喧嘩し、こんな家出てってやる、てかもう独立してるんだけどね! と言いながら父のいる実家を飛び出したのだ。途中でドラコを捕まえて。

 アメリカはかつて人種のるつぼと呼ばれ(現在ではサラダボウルと呼ばれているが)、またイギリスも十何世紀も前から黒人と共生してきている。だが日本ほど消化吸収の早い国もあるまい。クリスマスを祝い、大晦日に掃除し正月を祝い、結婚式は神式かキリスト式、それもカソリックやプロテスタントの区別などしない。神社がありムスクがあり寺があり教会がある国、宗教に差をつけない国日本。生まれ変わる前の母国。


「日本人に焦がれてるんだよっ!」


 一度身に付けたその感覚は、イギリス人のそれではないから。常識が合わないことなど頻繁にある。手土産の文化がないとか、ベッドに入るまで靴は履きっぱなしとか。タタミ恋しか山――兎追いしだ――兎美味しい。イギリスに来てから初めて食べたけど鶏肉っぽくてなかなか好みな味――じゃなくて!


「あいあむじゃぱにーずっ!」


 外国に行くと見えてくる、日本の良さがある。てか本当に、日本が恋しい。い草の香りとかみその香りとか。白米、孟宗竹、淡竹、漬物、信玄餅、信玄餅だけじゃアレだから出陣餅っ! 一○香の琵琶ゼリー、白い恋人、イカ焼き、御座候、ゴーゴーイチのアイスキャンデー、あごの燻製、讃岐そば、照り焼きバーガー、肉じゃが、焼き秋刀魚……食べたいものを羅列すれば切りがない。


「ああ……お腹減った」

「馬鹿か」


 冬も半ばのリザード岬、ドラコはいつも突飛な友人の背中を眺めながらポケットに手を突っ込んだ。いつもまっすぐなそれは今日ばかりは小さく、丸く見える。


「今日は泊まるんだろう? 早くしないと良い宿はとられるぞ」


 まばらにいた観光客を暗示して呼べばよったもったとした足取りで引き返してくる友人の手を引っ張った。


「ほら、早く行こう。言っておくが、荒い運転をするんじゃないぞ」

「……ドラコ、酔うなら助手席に座るかい? 助手席ならまだ酔いにくいよ」


 ドラコは自分より十五センチは背が低いレイノを見下ろした。


「……良いのかい?」

「うん。色恋の意味で勘違いしないんだったら」


 付き合うつもりはないよ、と言外に言ったレイノにドラコは肩を落とす。







 異文化理解は難しい。

 (助手席に座るのは、カップルだってこと)

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