輝々
星屑版白雪姫

 昔々ある所に、レイノ姫というそれはそれは愛らしいお姫様がいたそうです。


「寒い、寒いよヨーロッパってかイギリス。帰りたい、日本に帰りたい」


 レイノ姫はむき出しの腕をさすりながら日々を過ごします。そんな平和な国ですが、王妃様だけは野望に満ち溢れて精力的でした。


「鏡よ鏡、この世で一番強いのは誰だい?」


 王妃様は名をトムと言い、平凡な名前を厭ってヴォルデモートと名乗っていました。世界を征服する力を持つのは自分だと、王妃様は確信していました。


「それはレイノ様。冬の寒さにヒッキー気味なレイノ様です」

「……」


 正直な魔法の鏡は答えます。王妃様は鏡を割りました。不死鳥の尾羽を芯にした、王妃様自慢の杖を振りあげ、鏡を蜘蛛の巣にしたのです。王妃様は言いました。


「僕より強いだって……? ふふふ、僕の覇道の邪魔になる前に消してやる。首を洗って待ってるんだね、レイノ!」


 高笑いする王妃様は砕けた鏡の破片をグリグリと踏みにじります。よほどむかっ腹が立ったのでしょう。国王であるはずのアブラクサスは生え際が後退する思いです。美しい王妃様はとっても好きなのですが、同じくらい、いえ、それより恐いレイノ姫の報復を思うと枕を高くして眠れません。二人の寝室であるはずのその部屋には、狂ったように笑い続ける王妃様と端っこで背を丸めて小さくなる国王様がいたのでした。













 愛のハンターこと狩人のオリオンは、王妃様の命によりレイノ姫を外に連れ出すのが任務です。はっきり言ってどっちが怖いかというとレイノ姫なのですが、レイノ姫が死ねばその不安要素が減ると思ったのでしょう、オリオンは命令に従うことにしたのでした。









「レイノ姫様、外に行きませんか」

「寒い。一人で行ってきたら」


 のれんに腕押しです。


「もしかしたら毛皮が歩いてるかもしれませんよ」


 生きている毛皮ですが。付属品として肉が付いてきます。


「行こう。目指せ、熊の毛皮」


 この時期に森をうろつく熊はつまり冬眠のために食いだめをしきれなかった熊で、気が立っていることは確実です。でもそんなこと気にしません、レイノ姫は髪を結いあげ、腕がむき出しのドレスを脱ぎ棄て前衛的な格好になりました。


「姫様、それはなんですか?」

「元シュラフ」


 レイノ姫はシュラーフザックを改造し、ジャンパーのようなものを作っていました。どこかで――橋の下を舞台にした漫画で見覚えがあるジャンパーです。


「行こう」

「はい」


 先導はレイノ姫でした。ヒッキーのはずなのに、森の道に詳しくてオリオンは冷や汗をかきます。これでは、森に捨ててくることができません。オリオンは自分の命を優先することにしました。


「姫様、実は――」


 打ち明けられた真実にレイノ姫はどうでも良さそうに耳を掃除しました。小指の先を吹いてカスを飛ばします。


「面倒だし、森に住むわ。ああもちろん私が生きてるって洩らしたら国王みたいになるからそのつもりで」


 レイノ姫が生まれ、物心ついてこのかた、国王の生え際は後退の一途を辿っています。オリオンは恐怖に震えました。


「じゃあ、帰れ」


 シッシと手を振られ、オリオンは城に帰りました。王妃様に森で消えてしまったと報告し、きっと死んだに違いないと申し上げました。王妃様は満足そうに笑いました。壁に掛けられている鏡は新品でした。


「鏡よ鏡、この世で一番強いのは誰だい?」

「それは森で自活を始めたレイノ姫様。気の立った猪を一発で仕留め、ボタン鍋をしているレイノ姫様です」


 鏡は再び破壊されました。国王様が端っこですすり泣いています。このあとオリオンは役立たずと城を追い出されました。







 ところで視点は変わってレイノ姫です。姫は余ったボタン肉を前に悩んでいました。燻製にすべきか、一度茹でてから干し肉にするべきか、です。半分を茹でることにして近くの川に水を汲みに行けば、そこには可愛い小人さんたちが座り込んでいました。


「どったの? 変なキノコでも食べたの?」


 優しい姫は腰をかがめて聞きました。すると、小人の一人が答えます。


「僕たち、働くことに夢中でご飯の用意を忘れてたのさ。お腹が減って力が出ないんだ」


 この小人はドラコと言いました。ドラコは切なそうにお腹を撫でます。


「お腹減ったな……君、何か持ってないかい?」

「向こうに鍋の残りとボタン肉があるよ。食べる?」


 小人たちはわらわらとレイノ姫を囲み、彼女の素晴らしさを褒め称えます。


「御神がこの世に使われし天使です!」

「紅茶はあるの?」


 レイノ姫は小人たちを鍋のあるところまで連れて行き、手料理を振舞いました。小人たちはこれを恩に思い、レイノ姫を自分たちの家に誘います。姫様は寝る場所に困っていたのもあり、小人たちの申し出を喜んで受け入れました。

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