輝々好きとは空きとも書くのです
お父さんも伯母さんも仕事でいない、十月三十一日。まだ十歳の私は、まだ十一歳で経済力のかけらもない秀ちゃんにこう言った。
「トリック・オア・トリート」
「トリートはない。萩こそトリック・オア・トリート」
「そんなものがあるわけない」
流行に流されない私たち二人だから、まあ当然のことだと思う。街はハロウィンだなんだとオレンジ色に輝いてるのに、私たち二人の間で輝いているのは空腹の二文字だけだった。
「お父さんが遅いのはいつもの話だけど、伯母さんまで遅いのは何で?」
お父さんが「萩と自分の食事の面倒を頼む」という形で伯母さんに金銭的な支援をしてるから、双方とも食事的にも経済的にも困窮しているわけじゃない。――伯母さんは「それに甘えちゃいけないから」って言ってパートタイムで働いてるけどね。
勉強に修行にと体育会系の私たち二人は当然ながら、動く分だけお腹が減る。今日伯母さんが帰ってくるのは三時のはずなのに今はもう五時。三時半ごろのオヤツを期待していた私たちのお腹は悲痛な泣き声を上げている。
「連絡がないから知りようがない……もしかすると、誰かに代打を頼まれたのかもしれないな」
「伯母さんの仕事先って、ちょっとの電話も出来ないくらい忙しいの?」
「店長の奥さんがかなりキツいそうだ」
切ない音を鳴らすお腹を抱え、二人揃ってため息を吐く。
「ねえ。勝手にホットケーキって焼いて良いと思う?」
「良いんじゃないか? 悪いことをするわけでもないんだし」
「じゃあ作ろうよ。私、出来たてホカホカのホットケーキ食べたい」
台所の棚を漁ってホットケーキミックスを探し出し、卵と牛乳を入れて混ぜる。その間にフライパンの用意をしてくれた秀ちゃんに親指を立て、生地をとろりと流した。蓋をして三分。
「美味しそうな匂いがして来たね」
「ああ。さっきから腹の虫が騒ぎまわってる」
二人で時計を見つめながら三分待ち、ひっくり返して二分。先ずは一枚目が完成――二枚目はフライパンが十分熱いから二分ずつで良いかな。
「温かいのとちょっと冷めたの、半分ずっこしよう」
「温かいのを萩が食べなよ。オレは冷めたので良いから」
出来たてを食べたいのはお互い様だから、半分ずつにすればどっちも嬉しいだろうと主張する私に、温かいのはそっちが食べろと譲らない秀ちゃん。二人で無言でお皿を押しやり合いして、結局私の意見が採用されようとしたその時、魔物の気配が私の肌をピリリと刺した。
「くっ! これからという時に!!」
「こっちの都合お構いなしだよねアイツら!」
魔物のいるだろう方へ走ること三分。緑が多すぎて森にしか見えない公園内にいたのは南瓜だった。
「なっ、南瓜だと!?」
「なんて美味しそうな!! 醤油で炊けば美味しいだろうに!!」
「オレを食べるとか言うなこのニンゲン!!」
南瓜の頭部に真っ黒な体を持ったそいつは私の言葉に噛みつき、鼻息荒く肩を怒らせる。怒りたいのはこっちだよ……空腹を抱えて来て見れば、見るからに食材な相手がいたなんて、もう……悔しくて涙が出る。
「黙って食材になれ!」
「そうよ! 醤油で美味しく食べてあげるから!」
とりあえず南瓜の首から下はボコボコに殴り、念糸で本体(可食部分)とその他に切り分ける。――噴き上がる血、正気を取り戻す私たち。
「これは食べられないのか」
「そうだよね……生きてるんだもん、血が通ってるよね」
しょんぼりと肩を落とし、行きは走った道を帰りはとぼとぼと歩く。
「帰ってももうホットケーキ冷めてるよね」
「だろうな」
二人揃ってため息を吐く。ハッピーハロウィンなんて言えそうにない。
「――あ、母さん」
項垂れて歩いていた私の耳に秀ちゃんがぼそりと呟いたのが聞こえて、ばっと顔を上げる。通りの向こうから伯母さんが、両腕にビニール袋を抱え泣きそうな顔して走って来てる。
「伯母さん!」
「母さん!」
大声で伯母さんを呼びながら駆け寄って重そうなビニール袋を受け取り、伯母さんを挟むように並んで家路に着く。
「伯母さん、秀ちゃんと私ね、ホットケーキ焼いたんだよ」
「あら、ごめんなさいね……突然次の人が来られないって連絡が来て、帰れなかったの」
「ううん。実はまだ僕たちも食べてないんだ。二枚あるから、三分の二ずつ食べよう」
ビニール袋の中に南瓜を見つけて頬が緩む。今晩は南瓜の炊いたのが出るのかな。そんなことを考えたからか私の腹の虫がギュルリと鳴り、それに続いて秀ちゃんのお腹もグルルと鳴った。今度は三人で顔を見合わせて笑い声を上げる。
階段を登れば、もうすぐ秀ちゃん家。ああ、本当にお腹が空いた……。
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恋も孤悲(一人で悲し)と書きますし、好きを空き(足りない)と書いても良いのではと。魔物退治が流れ作業と化しているらしい二人。一般人の常識とか感覚など既にあるわけがない。
10/31.2012
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