輝々
美食人間国宝IF〜グルメ界覇王伝説(笑)〜

 何にも囚われず、勝手気ままに各地をさすらう料理人がいる――美食家ではなく、あくまで料理人――というその噂話。それが果たして真実だとは、かの美食四天王の一角をしても知り得ぬことだった。


「困ったな……」


 ココは一つため息を吐いた。知らず知らずのうちに入り込んでしまったのは盆地。足元さえ不確かな濃霧ため水滴が電磁波を四方八方へ反射してしまい、大雑把に方位は掴めるものの自分の位置が分からない。キースを呼んだとてこの霧の中を抜けることは難しい。ココは霧が晴れるのを待つことにし、その場に腰を下ろした。


「勘が鈍ったのかな」


 今やココは美食家を引退し、占い師として生活をしている。前線から離れて久しい彼が以前のような感度を望むのは不可能というものだ。

 つい先日の占いの結果、自身がここを訪れねばならないと知ったココだが、新種の食材と出会うことも何かを新しく知ることもなかった。唯一知ったのは勘の衰えのみだ。もしや占いの腕さえ落ちたのかと少し不安になり、いいやと頭を横に振った。ありえない。


「――誰か、いるの?」


 そんな時だ。ココは人の気配に気付いた。相手方も彼に気付いたらしく、迷いなくココのいる位置へ歩み寄ってくる。


「ああ、こんなに霧が深いとは思わなかったよ。この霧で道を見失ってしまったんだ。君も?」


 運命的な出会いがある、という占いに導かれて訪れた地だ、彼女がそうなのかもしれない。ココは彼女のいるだろう方向を向いた――姿はやはり見えない。


「私も似たようなものかな……。この山の上にはカルデラ湖があって、吹き下ろしの風が水分を多く含んでる。それでこんな濃霧の出来上がりってわけだよ」

「そうだったのか」


 その時、ぬっと霧から顔が浮き出た。霧が晴れたわけではなく、この濃霧でも互いが見える範囲内に入ったというだけだが。女の顔は目を引く美人というわけではないが綺麗な部類に入る。霧で額に髪がしっとりと張り付く様子はココをはっとさせた。女はニコリと笑うとココの斜め前に腰を落ち着けた。


「お兄さん若いね」

「君こそ、まだ二十になってもいないだろう?」


 小柄なのは人種のせいか。すらりと細い両腕に女にしては厚い胴、発達して無駄のない脚。蹴り技を好むのだろう。黒い髪は隙を生まないためか短い。


「まあね。でも、これでも八年の経験は積んでるんだよ」

「八年!」


 まだ二十になっていないことを考えると十代始めから美食家をしていることになる。下に見ることなどできない、同年代では経験豊富な美食家だということだ。だが何故だろう、彼女の顔を見た覚えがない。見るに彼女はココや四天王に並ぶか上の実力の持ち主、美食家なら雑誌に載るなどしているはずだ。


「失礼だが君の名前を聞いても? 僕はココという」

「小梅だよ。気軽に呼び捨ててくれれば良いから」


 小梅などという美食家など聞いたことがない。裏か?――しかし、彼女には裏世界らしさがない。ココの勘からして、彼女はこざっぱりとして健康的な美食家生活を送ってきただろうことは間違いない。


「君も美食家……だよね?」


 小梅は自分の顔を指さして目を丸くした。


「私が美食家? そんなの冗談、美食家になんかなったつもりなんてないよ!」


 ケラケラと笑い始めた小梅に先を促す。なら、どうしてこのような場所にいるのか……。


「私は料理人だよ。あくまでね。街にいたら面倒しかなかったから、こうやってさすらいの料理人なんてしてるんだ」

「面倒事?」

「誘拐とか監禁とか、まあ色々」


 ココはそういうことをしそうにない顔をしてる、と良く分からない言葉をもらってしまい、ココは困惑した。彼女に一体どのような魅力があって、誘拐や監禁という犯罪行為が行われるに至ったのか? こうして会話する限り普通の少女でしかないというのに。身分だろうか?


「霧が晴れるよ」


 突然変わった話題。小梅は山頂があるはずの方向を見やった。突如として吹いた風は濃霧を押しやるようにして後方へ追いやっていく。


「この風は」

「この盆地に棲む双頭鷲が起こしたんだよ」


 風上を見れば巨大な鷲が羽ばたいていた。


「あの鷲の卵が孵るには一定以上の湿度が必要なんだけど、逆に湿度が高すぎると中の卵が窒息死しちゃうんだって。だから一定の高さを超えそうになったらああして一度リセットしてるのさ」


 そうか、と答えて視線を下に戻せば、小梅の横にノッキングされた魚が横たえられているのを見つけた。視線に気づいたらしい小梅がああ、と小さい笑みを浮かべた。


「今日のごはん用にこれを捕まえに来たら、ココの声が聞こえたんだ」


 空気中のわずかな水滴を叩き落としながら泳ぐことから雨を降らす魚レインフォーラと呼ばれる魚――たしか捕獲レベルはリーガルマンモス並のはずだ。引き締まった赤身は地上の鮪と呼ばれる珍味だとか。


「よければ一緒に食べない? 一人じゃこの量を食べ切れないだろうし」

「良いのかい? なら喜んでご相伴に預かるよ」


 小梅は久しぶりに会話相手を見つけたと嬉しそうだ。手際良く料理していく小梅の手捌きに見ほれ、そしてその後、衝撃を受けるのだ。





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 期待されていたものとはかけ離れているという自覚があります、キリッ! だがこういうのも楽しい。こんなの嫌だって言われたら違うの書きます(汗)
2012/05/01

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