輝々
こっそり美食人間国宝〜in美食會〜

 美食會とか名乗る裏世界の組織に強引な勧誘をされてからもう十年近く――なるべく幹部達と顔を合わせることのないよう、日々こそこそと行動している。だって、あんな見た目からしてイロモノ集団と仲良しこよししたくないし。

 幹部の中で一番マシなのは副料理長かな? あの着けている目的が不明な鉄仮面は自分の顔に自信がないのかもって考えると暖かい気持ちになる。怪物みたいな顔を晒して歩いてる幹部たちより好感が持てるって言うのもある。それに、少なくとも他の奴等よりは一般常識を備えてそうだし苦労してそうよね。

 他の幹部たちは腕が四つある複腕男とか腹の中で害虫を飼って喜んでるマゾ男とか顔面凶器って言うよりは顔面狂気な男とか、変なのを挙げれば枚挙に暇がない。あれで料理の腕はあるっていうんだから人は顔じゃないと思う。人として付き合いたいかは別として。


「あいつらの好む食材という食材、下手物ばっかりで嫌になる……余り物は私たちで使って良いって言われてもこんなのは無理。絶対無理」

「……そうですね」


 本気で料理を作ったら目を付けられること確実だから、この十年弱の間は真剣に料理をしたことがない。――まあ、時にはちゃんとした味付けのご飯を食べたくなるけどね。

 仲良くしてくれる幹部専用厨房の料理人から譲られたというか下げ渡された食材を前に、私と(自称私の一番弟子)ベルト君はため息を吐いた。こんな巨大な蜂の子をどう料理しろと。七色に輝く芋虫をどうしろと。直径が1cmある蟻の卵をどうしろと……! それ以前に、これらの生き物は食材なのかという疑問さえある。食材辞典に載ってたけど。


「この芋虫は刺身が一番良いと書いてあります。蜂の子は絞ってジュースにするんだそうです。卵は醤油漬けとかにして丼にすると美味しいとか……うぇっ」


 ベルト君がテーブルで辞典を引き引き教えてくれるものの、私は芋虫肉の刺身や蟻の卵丼なんて食べたくないし蜂の子の絞り汁なんてもっての他。聞いた瞬間に却下して別の調理法を探す。ていうか、この虫だらけの食材はあの虫大好き男のチョイスなんだろうか?


「よし、決めた!」

「どう料理するんですか、師匠?」

「これらは使わないと決めた!!」

「おお、妙案ですね!」


 見るからに虫な食材を食べる勇気なんて持ち合わせてない。私はこの食材を見なかったことにした。

 ベルト君と二人で食料貯蔵室にこの三つを突っ込んで、代わりに冷やご飯を冷蔵庫から取り出す。シンクの下からは私手作りの梅干しも四つ出し、梅茶漬けの用意を進めた。下手物食材を見た後じゃ肉を食べる気になれないし、手軽だからね。

 お茶漬けはお茶漬けでも豪華なお茶漬けにしようということで、かけるのは五十年ものの昆布に鰹節のお出汁を使うことにする。塩や醤油で味を整えてお出汁は完成。

 刻み海苔と梅干し、あられを乗せたご飯に涎が出そう。ほくほく顔のベルト君とさあお出汁を注ごうという時、いつも人気のない一般構成員用食堂の出入口で誰かが壁を叩いた――扉がないから壁ノックになるんだよね。


「久しぶりだな、コウメ、ベルト」

「ジュン君!」


 出入口に立っていたのは、私やベルト君が美食會の中で見つけた一般常識仲間、ジュン君だ。ジュン君は美食會では珍しく一般常識をわきまえていて、美男だ。幹部のみならずイロモノしかいない組織だから良い目の保養にさせてもらってる。普段は全く見かけないのに時々こうやってここに顔を出すから、ジュン君は食材調達係なんじゃないかな?


「本当に久しぶりだね、半年くらい?」

「こんなに空くから僕達のことを忘れてしまったかと思いましたよ!」


 久しぶりのジュン君に嬉しくなって手招きする。せっかくだからジュン君の分も用意しよう。


「これからお茶漬けを食べようと思ってたんだよ。ジュン君も食べてくでしょ?」

「ああ、頂こう」


 ジュン君はお客様だから炊きたてご飯にしよう。梅干しと刻み海苔とあられを乗せて、すったばかりのワサビを縁にちょんと添える。

 湯飲みを経由させたお湯で一番茶。茶葉がジャンピングしてるのを見て、適当な頃合いで流しに捨てる。私とベルト君だけなら一番と二番を混ぜただろうけどジュン君がいるから豪勢にいこう。そう、この茶葉が一番美味しく頂ける二番のみを飲むと言う贅沢をするのだ!

 濃さが均等になるように三周して注ぎ、その間にベルト君にお出汁を注がせて完成。この世界の住人にお茶を淹れさせたり調理させたりすると残念なことにしかならないから、ベルト君に任せたのは冷やご飯のチンと刻み海苔とかを乗せるのとお出汁を注ぐ作業だけ。

 お茶漬けなんて簡単な料理のはずなのに、どうして他の料理人達はああも残念な味にできるんだろう? 私からすればそこが謎だよ。


「師匠の淹れてくれたお茶、大好きなんですよねぇ、僕!」


 ベルト君が両手を擦り合わせながら言った。ジュン君もそれに頷いて、コウメの作ったものは美味いと褒めてくれた。


「そう言ってくれると作った甲斐あるよ。今日は久しぶりに本気出したから美味しいと思う」


 ベルト君は期待に目を輝かせ、ジュン君は静かに――でもワクワクした目でお茶漬けを見下ろした。


「頂きます」

「いっただっきまーす!!」


 二人は唱和した後、無言でお茶漬けを食べ始めた。じゃあ私も頂きますか!

 ……うん、美味しい。我ながら上出来。





 料理人として豊かな才能を持ちながら、コウメはその実力を隠したがる。これほどの才にはもったいないとしか言い様がないが、コウメの身の上を考えると気持ちが分からないでもない。自ら美食會に入った我々とは違ってコウメはここへ誘拐されて来た……やる気が出ないのも当然だろう。


「どう? 美味しい?」


 コウメは私が幹部だと知らない。もしコウメが知ったら、二度とコウメは私に笑いかけてくれないだろう。かつて私とベルトしかいない場で美食會幹部達を散々に扱き下ろしていた姿を思うと、私の正体は絶対に言えない。


「ああ。美味い……」

「師匠は絶対にグルメ神様の生まれ変わりですよ、僕が保証します! 美味しくて涙が出るなんて経験、師匠の料理食べるまでしたことありませんでしたから!」


 美味いと一言の私に対し、ベルトは饒舌に賛辞を贈る。

 たまにしか口にできないからこそ分かる、コウメの料理の特異性。人間は『食べたことのある味』を記憶することには長けているが、『今まで食べたことのない味』を作り出すのは難しい。コウメの料理は『今までに類を見ない美味』だ……コウメの料理人としてのセンスがどれほど高いかは良く分かるだろう。

 茶漬けもあと一口――食べ終わった。箸休めの沢庵を咀嚼し、お茶に手を伸ばす。美味い。緑茶を苦いと言う奴がいるがそんなものは嘘だ。きちんとした手順で淹れた茶には甘味があるのだ。


「今朝作った柏餅、三人で食べようか」

「あれをですか!? うわあ楽しみです!」


 ベルトが歓声を上げながらコウメに抱きついた。コウメはそれを剥がして調理台に向かい、棚に置いていた皿を取り出す。ラップのかけられた皿には十五個の柏餅が並んでいた。


「これをね、オヤツ時に来る皆と食べようと思ってたんだ。でもジュン君は三時までいられないでしょ? だから今食べちゃおう」

「そうか。有難う」

「どういたしまして」


 そう言って微笑むコウメ。コウメにはずっとここにいて欲しい……この、あまり人が来ない、ここの味を知るもの達から『穴場』と呼ばれている食堂に。

 ほとんどの會員はコウメの若さを疑ってこの食堂を利用しない。その代わりここに通っているのは料理人、それも幹部も認める料理人ばかりだ。三時頃に来ると言うのは彼らで間違いない。


「ヨモギ餅にして正解だったみたいだね、つぶ餡とよく合うよ」

「はう、至福ですー」


 柏餅に手を伸ばす。つぶ餡を包むのは柔らかなヨモギ餅――かぶりつけば柏の香りがふんわりと漂う。美味い。


「チャトンさんから貰ったこの茶葉も良いお茶だったね」

「ですねー」


 チャトンは聞茶の名人だったはずだ。チャトンの勧める茶葉とあれば美味いのは当然、しかしコウメの技量があってこそこの味が出ているのも確かだろう。


「手には美味しいお茶と茶請け、正面には目の保養な美男。幸せだね」

「はい、幸せですね! 僕も将来はジュンさんみたいな良い男になりたいな」


 ぽやぽやと温かい空気を放つ師弟を見ながら、こんな日常が続けば良いと願う。それが不可能だと知りながら……。






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 七十万打リク。長いね!!
2012/05/01


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