輝々
義理義理本命その2

 小松&義理チョコの三人からバレンタインのお返しがしたいという連絡があったから、スタージュンに会う前に時間を作った。ただそう長くは時間を取れないから店まで来てもらうことにしたんだけど……。


「君に似合うと思って」


 巨大な花束を持ってきたのはココだった。ホットミルクに溶かせばホワイトココアになるというメッセージカードにはHAPPY WHITEDAYと書かれ、愛の告白でもしそうな甘い顔でそれを押しつけられた。白とピンクの薔薇にカスミ草が雪のように散っている。可愛いけど、これを一体どうしろと言うんだろうか。部屋に飾るには量が多すぎるんだけど。


「あー、有り難う。素敵な花束だね」


 強い薔薇の香りにむせそうだ。嗅覚が死んできた気がする。


「喜んでくれて嬉しいよ。この薔薇は花びらをジャムにしても良いらしいから、是非試してみてほしい」

「ジャムに? それなら今日、帰ったら作ってみるよ」


 花束が大きすぎて両手が塞がってしょうがないから、ちょうど手が空いてたウェイターに押しつけて水に浸けておくように言う。枯らしたらもったいない。


「(オ)レからはこれだし」


 サニーのプレゼントはギャラクシードという植物の種で、花が咲くと蕾の中からプレゼントが出てくると言う質量保存の法則を無視した代物だった。サニー曰く「(ス)ゲーのが出てくるから楽しみにしてろし」だそうだ。


「僕からはこれ。髪留めとネッカチーフ」

「おお、有り難う小松!」


 小松からのプレゼントは日常的に使えるものだった。花束よりもこういうものの方が嬉しい――口には出さないけどね。


「マツぅ、(あ)のチョコの返しが(そ)れかよ」


 サニーが小松のプレゼントを見て、呆れたと言わんばかりの声を出した。


「コーメのチョコは(い)くら金出してもかえねーのに、安っぽくね?」

「サニー、大事なのは心だろ、心。見た目と中身が美しいからっていって、もらった本人にとっても美しく感じるかは人それぞれだろ?」

「あー……マツ、すまねー」


 というわけでオレからはこれだ、とトリコが取り出したのはふるいだった。


「これって、もしかして」

「小梅の思ってる通りだと思うぜ」


 コキ鯨と呼ばれる鯨のヒゲ――歯を使ったふるいは持ちが良く目が乱れないことで有名。老舗料理店とかじゃ二百年もののコキ鯨ヒゲのふるいがあったりと、持っているだけでステータスになる調理器具の一つ。それを、あのチョコのお返しでもらう……? 価値が違いすぎる!!


「トリコ、今日もし食べてくなら手抜きしないのを出すよ! もちろんみんなもね」

「マジか!?」

「トリコ、一体なにを彼女に――コキ鯨のふるい!?」


 ココが私の手の中の箱を見て噴いた。小松は腰を抜かしてるしサニーは「負けた」と頭を抱えてた。

 その後それぞれに価値がありすぎるプレゼントをくれた彼らのために本気を出したら、同僚達が料理の香りで集中できないから別室で調理するようにと土下座でお願いしてきた。カレーをチョイスしたのが悪かったかもしれない。

 結局作ったのはベジタブルカレーにタンドリーチキン、ガーリックバターナン、サラダ。あの美食屋三人は一人で十人前とかペロリと食べちゃうから思ったよりも時間がかかった。お酒とつまみだけで二時間待たせたのには申し訳なさがつのる。

 料理を乗せたカートを押してテーブルの間を行けば、こっちに飛びかかろうとしてウェイターに取り押さえられてるお客さんが何人もいた。涎をまき散らしながら『あの料理が私を呼んでいるのだ! ウラー、ホー! ジーク・カレー!』とか『オレの右手が疼くんだ、あれを掬えと! あれを口に運べと!』とか、壮絶な光景が広がった。ついでにウェイター達は鼻栓をして口で呼吸してた。


「お待たせしました」


 そういってサーブした次の瞬間、四人は頂きますも言わずに食べ始めた。






 ホールに小梅が現れた瞬間、強烈な香りが鼻を直撃した。香りだけで人を狂わせる――小梅はこの時代に蘇った料理神じゃねぇか、と頭の中の残り少ない冷静な部分が呟いた。小梅が押すカートには一杯十人前はあるカレー皿が三枚と一人前の皿が一枚。一人前のは小松の分だろう。


「まるで麻薬だ……」


 ココの押し殺したような声に、内容を吟味することなく頷く。一度知ってしまえばもう知る前には戻れない。それを麻薬だと言うなら、きっと、小梅の料理は麻薬なんだ。

 香りだけで狂った客が暴れ出したのを鼻に栓をしたウェイター達が必死に抑えているのを見ながら、鼻だけは小梅の持ってくる料理に集中している。口から溢れる涎が膝を汚していくのを他人事のように感じていた。


「ベジタブルカレーにタンドリーチキン、ガーリックバターナン、サラダ」


 タンドリーチキンとナンが同じ皿に盛られている。小梅が最後の一人、小松にサーブする前にもう、スプーンを握ってカレーを口に運んでいた。

 髪が逆立ち、背筋から首筋までを撫であげられるようなゾワゾワとした感覚が一瞬の内に尾骨から這い上がった。不快なんかじゃない、これは快楽だ――だが、衝撃が強すぎるせいでどちらにもとれる。

 口の中では野菜の甘みとスパイスの香りが混ざり合い、呼吸の度に口の中でふわりふわりと香りがその色を変える。スパイスにはそれぞれ、そのスパイスが一番芳しく香る温度というものがあり、口に運ぶ際の一番高い温度の時に香る匂いと口の中で少し冷めた時に香る匂いは異なる。その温度差が生み出す香りの奔流に押し流され、飲み込むこともできずに口の中で香りを循環させた。


「久しぶりに食べるよ、小梅のベジタブルカレー。やっぱり美味しいね!」

「そう? それなら良かったんだけど」


 美味しい美味しいとヒョイパク食べる小松に頭が痛い。お前、味わって食え!


「神……」


 隣に座るココがポツリと言った。オレもようやっと一口目を飲み込み、二口目を口にする。体がこのカレーを求めていた――じんわりとこみ上げるような衝動、ふつふつと湧き上がる変化の予兆。喉を滑り降りたカレーが、胃に到達する前に吸収されたような気がする。

 チラリと見れば正面に座るサニーは波打つような光を放っていて、眩しくはないが神々しく見えた。


「(う)めぇ……」


 たったその一言が、全てを物語っていた。






 オーナーにごり押ししたから今日は午後三時上がりだ。興奮冷めやらぬ様子でカレーのレシピを、作り方をと足にすがる弟子達を振り捨てて店を出た。茫然自失としてたトリコ達は小松に任せ、スタージュンとの待ち合わせ場所に駆け足で向かう。弟子達のせいで時間を食った――もし間に合わなかったら、後で折檻してやる。


「よ、良かったぁ」


 みんなのくれたプレゼントを置きに一旦家に帰り、昨日の晩に用意しといた服に着替えて出た。待ち合わせは四時。

 急いだお陰か待ち合わせ十五分前に着けた。まだスタージュンの姿はない。荒い息を整えて待つ。

 今日はホワイトデーだから可愛い系の服でまとめてみたけど、スタージュンは何か言ってくれるだろうか?――その、可愛いとか、似合ってるとか!

 今日のチョイスは白い紗を幾重も重ねたピンクのワンピースにハート型をふんだんに使ったネックレス、濃いピンクのピアス。靴は三センチ上げ底の白とリボンのピンヒール。普段はカジュアルなのばっかりだから、スタージュンからすれば目新しいと思う。雑誌の取材とか参加しなきゃいけないパーティーとかで一回着ただけの服で、昨日までは箪笥の底に眠ってた。久しぶりに日の目を見て服も嬉しいに違いない。


「コウメ、待たせたか」


 待ち合わせ場所はいつもと同じ場所で、スタージュンは私の格好に一瞬目を見開いたかと思えば破顔一笑した。


「似合っている」


 欲しかった言葉じゃないし短いけど、それで十分。スタージュンに飛び込むように抱きつく。


「一ヶ月ぶり、スタージュン!」

「ああ。どこか行きたいところはあるか? なければホテル・グラングルメの最上階に美味いバーがある」

「じゃあそこで。スタージュンのお墨付きなら絶対美味しいもんね」


 ごく自然にリードされて歩く。私はスタージュンの胸に足りない身長だからかいつの間にか肩を抱かれてた――色男め!

 ドアマンが開けてくれた扉から入って、外国映画で時々見かけるタイプのエレベーターに乗り込む。背面はガラスでグルメタウン全体が見渡せた。


「ごちゃごちゃしてるね」

「ああ」


 スタージュンは手すりに体重をかけるように立ってる私を囲い込むように立って、つむじに顎を乗せた。


「重いよスタージュン」


 返事はない。――ガラスに映るスタージュンの目は何か覚悟した目で、なんだか不安になる。別れ話とかじゃないよね?

 手すりを放して、スタージュンにもたれ掛かる。最上階に着くまでずっとその体勢でいた。



 店内は白熱灯の橙色がかった光で満たされ、一枚板のカウンターが無骨な味わいを出してる。ウェイターは三人。

 マスターはもっさりとした眉毛の隙間からチラリとこっちを見やると、窓に面した眺めの良い席を指し示した。

 私たちがタウンの西側を見下ろす席に座ったと思えば、ウェイターが足音なく近寄ってきた。スタージュンが私を見た。


「コウメは何が飲みたい」

「お酒はあんまり飲まないから詳しくないんだよね……」

「なら軽いものが良いな。――彼女には軽めのカクテルを。私は……この店で一番強いのを」

「承りました」


 スタージュンは眉根を下げた私に微笑んで代わりに注文してくれた。


「そんな頼み方して良いんだね」

「この店が用意していないものを頼んでしまうよりも堅実だろう?」

「まあ、そっか」


 そしてサーブされたカクテルは、甘さを引きずらないさっぱりした味だった。名称は聞いたけど忘れた。

 しばらくすると酔いが回ってきたのか、頬が熱い。スタージュンは軽めのをって頼んだわけだし、呑み慣れない中呑んだから酔いが早いのかもしれない。

 火酒を呑んでるはずのスタージュンは素面で、強いんだなとぼんやりと思う。頬を撫でられたり額にキスされたりしてなんだか甘ったるい気分になってきた。頬に添えられた手を取って五本の指全部に軽くキスする。指先にキスって何か意味あったっけ?


「コウメ……」

「うん?」


 右手を取られて薬指に吸い着かれる。え、あれ、あれ?


「好きだ」

「私もスタージュン好きだよぅ」


 ふわふわしたまま答えれば、切なそうに目を細めたスタージュンと見つめあうことになった。胸ポケットを探ってスタージュンが取り出したのは本当に小さな箱で。


「え、それ、スタージュン、もしかして」

「そのもしかしてだコウメ」


 蓋を開いて現れたのはピンクダイヤで桜の花を表現するという意匠を凝らした指輪で、指輪とスタージュンの顔を何度も目が往復してしまう。


「結婚しよう」


 酔いは完璧に醒めたけど興奮は醒めるどころか盛り上がって、私は勢い良くその胸に飛び込んだ。

 マスターとウェイターたちが指笛や拍手をする中、誓いのちゅーをかましてしまったことに後悔はない。――後から考えるとちょっと恥ずかしかったけどね!
 






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 後半が甘い(^p^)リク主様のみ持ち帰り可!
2012/03/21

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