微笑みの爆弾
私がアレに気付いたのは、ほとんど当然と言って良いようなものだった。超絶怪しい人がいる。
「萩? どうしたんだい?」
「あ、いや……あれ」
秀ちゃんが私の顔を覗き込むようにしたのを、視線を誘導してアレを示した。真っ黒なローブを着て、ステッキというには短すぎる杖を持ってスキップしてる。怪しい――というより、年甲斐がない。かなりみっともないというか……年齢を考えようと言いたくなるというか。
彼は見たところ三十前後で、まあまだ若いと言えば若いけど、街中でコスプレしてスキップするには年がいきすぎている。そして白い袋を背負っているのも更に怪しさを増していて、このクリスマスイブの街並みの中で真っ黒なサンタと化していた。
「これもあれも似合うなぁ、ふふふ、待っててねレイノちゃん! クリスマスプレゼントは奮発しますからね!」
……大声でそんなことを言うのも痛々しさが増す原因だと思う。うん、本当に。
「あれは……」
「痛い人?」
「そんなことを言っちゃいけないよ萩。クリスマスなんだから舞いあがってるだけさ、きっとね」
二人でそう言って、その場をさっさと離れようと足を速めた私たちの耳に歌が聞こえてきた。それも、この世界では絶対に聞くはずのない歌が。
「果てない雪原
オーロラの下 二人ぼっち
灯り(ひかり)があふれ 賑わう街
全部買い占め
どっちだろう? あの子が喜ぶのは
二つマルをつけて 杖をひとふり♪」 ……何で微笑みの爆弾のメロディが幽白内で聞けるの? 幽白の曲でしょ、おかしいでしょ!?
「自作の曲かな、上手いね」
「あー、うん」
いや、元歌があるなんて言っても、「この世界」にはないし……私は言葉を濁すことにした。彼はどこぞから箒を取り出すとそれに跨った。――跨った!? いやでもぼたんも櫂に乗って飛んだりしてるから良いのかな。
「めちゃめちゃ 寂しい人たちに
ふいに なぜか おすそ分け
プレゼントを したくなるのは
めちゃめちゃ 大好きなあの子が
きっと見せる 微笑みの せいだったり
するんだろうね」 なんというか、一人身の人たちに失礼な言葉がちらほら聞こえる気がする。ほら、あそこのオタク系男子とかキリリとした雰囲気のお姉さんとかが憎々しそうに睨んでるよ。
そして彼は箒で――浮いた。周囲の皆の目がこれでもかと見開かれた。ちょっと、こんな場所で浮かないでよ迷惑な!
「――萩」
「秀ちゃん?」
「関わったら同類だと思われるから止めよう」
「シビアになったね、秀ちゃん」
おじさんの会社に入社してからどんどんと割り切りが良くなった気がする。秀ちゃんは二十二歳、私は二十一歳――大学生の私も就職先が決まって、お父さんを安心させられた。というか、魔界と人間界を繋ぐ橋渡し会社に入社したからある意味奥の手を使ったわけだけど。
彼は爽やかな笑い声を上げながら宙に浮き、飛びだした。言葉どおりの意味で。
「メリークリス〜マス!!」 あくまで曲調に合わせて歌い切り、背負った白い袋を箒の上で構えると――白い鳩が袋の容量を無視して出てきた。数百羽の鳩は押し合いへしあい出てくるや、わあっと拡散した。
「おおー」
「へえ。面白い術だね」
二人でぱちぱちと適当な拍手を送ると、彼からいらないウィンクが贈られた。秀ちゃんは私を庇って前に出たけど。――毒光線ってわけじゃないんだから。
鳩はそのままゆっくりと下降して、ポンという煙と音と一緒に銀色の箱に変わった。緑色のリボンに、ちょうちょ結びのアクセントとして小さな蛇のストラップ。包装紙をとめるのはスリザリンと書かれた蛇の絵のシール……。
「ハリポタかっ」
「どうしたの」
「いや、気にしないで」
見回せば一人身らしい人たちの手元に、大小の差はあれど銀色の箱があった。――『めちゃめちゃ 寂しい人たちに ふいに なぜか おすそ分け プレゼントを したくなるのは』……。
「何でだろう、物凄くイラっときた」
「偶然だな、オレもだよ」
ちなみに私が受け取った箱の中身はスリザリンマークのついた裁縫セットで、秀ちゃんは革製の鞭だった。
「ちょっとオレ旅に出るから、母さんたちに説明をよろしく。萩」
「いやいやいやいやいや。薔薇の鞭が武器なんだから似たようなもんでしょ止めようよ、ね?」
体格差が大きいから引きずられたけど、どうにか秀ちゃんを止めることができた。本当に良かった――もし魔法界と繋がりなんて出来て巻き込まれたら嫌だし。私たちとは無関係な場所で切った張ったしててください。
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兄妹と思われた様子。寂しい人たちにおすそ分け……。
12/31.2010
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