輝々元就サイド
あやつを得たのは何年前のことだったか。あの時は我と懇意にしておる商人の帰国が遅れており、何があったのかと世鬼を送った。そして見知らぬ男により警護されつつ帰ってきていると聞き、興味を持った。大人数を護衛できる程とはかなりの使い手であろう。それが大名でもない者のために動くとは珍しいこともあるものだ。と、そう思った。
「小太さん、これからも護衛をお願い出来ないでしょうかね?」
「すみません、オレは土佐に行きたいんです」
「はあ……やっぱり駄目ですか」
見知った顔の商人が肩を落とし、小ぶりな巾着に銀を詰めて相手に渡した。そして我は初めてその相手の顔を見る。
黒い髪は後ろに流れ硬そうで、少し狐目気味の双眸はだが柔和そのもの。立ち居振る舞いが丁寧でそつがないことから一定以上の教育を施されたのであろうことは間違いなく、大きめの着物の下は鋼の様なのだろうと見た。薄い半着を羽織り、あまり生活に不自由はしていないように思える。どこぞの武家の息子が一人旅、といった風情か。
「――元就様」
世鬼が我の肩をトントンと叩いた。我はそこから踵を返し家々の影に隠れる。
「どうであった」
「あの男は大坂から同行したとのことです。元は土佐へ仕官するため船を待っていたのを、偶然一行とかちあい護衛に雇ったそうです」
「――ふむ」
土佐か。武家の長子であれば親の主に仕えるのであろうが、仕官を求めて気ままな一人旅をしているということは次男か三男か。
「そしてここからが一番重要なのですが――あれは忍びです」
「ほう」
面白くなってきたではないか。あれが忍びだと? 我が見るに全く忍びらしさなどなく良家の腕の立つ息子といった風情だが、その実忍びだというのだからこの世とは面白いものだ。
「大坂で土佐へ渡ろうとしていたのも方言やも……安芸へ忍び込み、撹乱を狙う可能性がある限り野放しにはできませぬ」
世鬼が言った一言を笑い飛ばそうとして気が付いた。これを利用すれば良い。部下にしたいから生かして連れて来いと言えばきっとこの男のことだ、反対するのは目に見えている。『嘘も方言』と言ったのは貴様ぞ、世鬼。言質は今ここでとったも同然よ。
「待て、あれは我の前に連れて来よ。あれの目的を知りたい」
「――はっ」
土佐ということは長曾我部か。我を素通りしてあれに仕えようとは、許せぬな……。いや、ここは逆から考えるべきか。長曾我部などに盗られる前に我が手中に転がり込んできた、と。そう考えると気分が良い。ふむ、楽しみになってきた。
世鬼の一人を護衛に城へ戻れば、待つことなくあの男が連れられてきた。世鬼の忍びに押さえつけられている男を見て気が付いた。この男、婆娑羅者ではないか?
「貴様が我が領地に忍び込んだという素破か」
忍びこんだと言われては不本意であろうが、な。反論することなく肯定した男に面白くなってくる。婆娑羅を持つ忍びとは、なんとも面白き拾い物をしたことよ! 我はこの男が欲しい……!
「今貴様はどこにも所属しておらぬそうだな。その技と力を我のために使え」
男は一瞬呆けたように口を半開きにした。世鬼どもは少し肩を震わせたのみで男を抑えつけ続けている。縄で縛っただけでは逃げられたのであろうな、この場に来るまでに。
「オレは高いですよ」
皮肉に返された言葉についニマリと笑む。つまり我に仕えさせるには金を出せば良いだけのことだ。この男に頷かせるには金さえあれば良い……。清々しいほどに分りやすいことよ。我には銀山がある。この男一人雇って国が傾くわけではない。
「いくらでも払ってやろう。望むだけ言え」
「元就様!?」
世鬼が煩い。交渉中だというのに黙っておられぬのか。
「は、それは凄いですね、いくらでもとは。どうやら安芸は潤っておられるようだ」
男は鼻で我の言葉を嗤った。その通り、安芸は潤っている。しかしいつまでも銀山に頼り続けることは不可能――天下を取らねば毛利家は滅びへの道を歩む他ない。
世鬼がいつまでも煩いので手を振って黙らせる。
「これの一生を買うのだ、いくらかかっても当然であろう」
「はぁ、一生……?」
世鬼が呆れたような声を出す。知らぬからこそ言えるのであろう、この男は婆娑羅者ぞ。
「これは今日から我だけに仕え、我だけを主とし、我の利だけを目的にこれから一生を過ごすのだ」
何の系統かはまだ知らぬが、かなりの使い手と見た。婆娑羅持ちの少ない安芸なのだ、この男が喉から手が出るほど欲しい。が、世鬼が怒鳴るように否定する。
「元就様、このような他国の忍びを雇うなど!! 危険です、どうぞおやめ下さい」
「煩い世鬼。我はこの男を気に入ったのだ」
「元就様!」
「煩わしいと言っておる」
問答を繰り返す我と世鬼を見て、男は目を丸くして呟いた。まだ忍びとして若いな……。
「――どうして」
「む」
「どうしてそこまでオレを買うんですか」
訊ねられ、何を当然のことをと思いつつ答えた。この男はどうやら他の婆娑羅者に会った事がないのか、婆娑羅者同士で引かれ合う感覚を知らぬようだ。
「我が、貴様は才能ある忍びだと思ったのだ。それが理由ではおかしいか。――貴様は婆娑羅者であろうが」
目を見開く男に悠然と笑みが浮かぶのが分る。
「婆娑羅者ですか……婆娑羅者が何故忍びなどに」
「そんなもの我が知るところではない。だが――だからこそ、我はこの男を手に入れることができる」
ああ、欲しいのだ、我は。婆娑羅者であるかなどは問題ではない。ただこの男の目を気に入ったのだ。柔和の奥に潜む激情を見たいのだ。
「我に従え、婆娑羅持つ忍び」
あれはもはや十年近く前のことであるというのに、であったのはまだ昨日のように思える。あれからめきめきと力を付けた男――風魔小太郎は、我のために生き我のために死ぬであろう。だがもし他のためにこの男が死ぬ時があるならば、それは里のためであろうことは間違いない。
「小太郎」
「は」
「腰は平気か」
「……ええ」
日ごろから無理をさせていることを思い訊ねれば、昔より表情の起伏の薄くなった小太郎が珍しく目を丸くした。珍しい、とは――そうであったか? 気色が悪いとは何事か、小太郎、逃げるな! 来よ小太郎、貴様のその言葉撤回せよ!
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ほのぼの? ある意味での一目ぼれですが、恋ではなかったのですよー^^
12/05.2010
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