輝々
小太郎サイド

 オレは傭兵だ。一番金を出す人間に従うし、倍額出すと言われれば契約の更新時には新しい主人に付く。オレの膝は安い――簡単に人の前に跪けるから。


「貴様が我の領地に忍び込んだという素破か」


 世鬼一族が仕えるというから、毛利にはもう忍びは不要だろうと思い込んでいた。行くなら織田か豊臣か。織田はオレが仕えることによって風魔の里を守れるかもしれないと思ったからだけど、本人を忍び見た瞬間その気は失せた。あれは忠臣をも滅ぼし尽す人間だ。次に見たのは豊臣で、豊臣秀吉の巨体に史実との差異をしみじみと感じた。それだけなら仕えただろうが、あれの傍に仕える竹中半兵衛がいけない。あれは豊臣しか見えていないから平気でオレに風魔攻めを命じそうだ。その場合はもちろん裏切る。当然だ。

 だんだんと西へ西へと向かうことになった。小大名に仕えても先が知れているし、なるべくなら歴史に名を残す大大名に仕えたい。そう思って長曾我部の元へ行こうとしたオレは大坂で土佐への船の都合が付くのを待っていたはずなんだが、気が付けば偶然助けた行きずりの商人と一緒に安芸へ向かっていた。

 どうやら世鬼一族はなかなか優秀らしく、オレに「匂いがない」ことと安芸への道すがら商人の護衛をしたことで答えに行きついたらしい。後から考えればあの時のオレはまだ若かった。数えで十四だったか。そして引っ立てられて連れ込まれたのはまさかの城内、対面したのは若き城主だった。


「――是」


 まだ十四だったオレは世鬼が十人掛かりで取り押さえて来たのに対抗する術はなかった。年齢による体格差と体力もあっただろうが当時は暗殺は得意でも忍び同士の接近戦は苦手で、今と比べると隙だらけだったのもあると思う。あれで良く長も武者修行を許したよ。――いや、強くするために実戦を経験させたかったのか。


「今貴様はどこにも所属しておらぬそうだな。その技と力を我のために使え」

「……は」


 十人掛かりで取り押さえられる若造を何故、と当時のオレでさえ思った。世鬼一族がいるだろう、どうしてオレを雇う必要があるというのか。オレは多少知識はあるが実戦経験が少ない、ただの尻の青い餓鬼も同然のはずだから。


「オレは高いですよ」


 上からの圧力が増した。風魔を支えるには金がいる。先代はもう引退してしまった――まだ貯蓄は十分とは言えオレが稼がねば誰が稼ぐというんだ? 風魔忍びは戦忍として動くものは少なく、ほとんどの者は大陸からの帰化人同士をつなぐ連絡役として動いている。風魔はどこにでもいるからこそ姿を完璧に隠すことができるんだ。木を隠すのは森の中、人を隠すなら人の中と言うだろう。

 そして、そのネットワークを繋ぎ続けるための旅費は全部『風魔小太郎』の財布が出すことになる。いくら忍びの者の足が早くても、数カ月に一度の巡回には日数がいる。その分金がかかるのは当然だし、それに加えて子供を忍びとして育てているせいで風魔の里は慢性的に労働力不足だ。足りない分は外から買う他ない。それにはやはり、金がいる。

 だからこその法外な契約金。オレの肩にはウン十人の生活がかかってるからこそ足元を見られるわけにはいかない。それを視線に込めて睨み上げれば、少し見下すように笑んでその男――毛利元就は言った。


「いくらでも払ってやろう。望むだけ言え」

「元就様!?」

「は、それは凄いですね、いくらでもとは。どうやら安芸は潤っておられるようだ」


 毛利元就について聞きかじった噂は少ない。人嫌いだとか冷徹だとかそういう話は聞いても、その根底になにを考えて行動しているのかはさっぱり分らなかった。だからこそオレは世鬼一族を尊敬していた。情報規制をしているのは彼らだ。

 世鬼一族が声を上げたが煩いと言わんばかりに毛利元就は手を振った。


「これの一生を買うのだ、いくらかかっても当然であろう」

「はぁ、一生……?」


 一生を買うとはどういうことなんだ?


「これは今日から我だけに仕え、我だけを主とし、我の利だけを目的にこれから一生を過ごすのだ」

「元就様、このような他国の忍びを雇うなど!! 危険です、どうぞおやめ下さい」

「煩い世鬼。我はこの男を気に入ったのだ」

「元就様!」


 オレをおいて、どうやら世鬼一族の長らしい男が困惑した顔を隠すことなく毛利元就を説得している。――それにしてもここの忍びは質が高い。そろそろ油断するだろう頃なのに、全く力が緩まない。にしても、何故こんな若造をこの国主さんは欲しがっているのだろう。


「――どうして」

「む」

「どうしてそこまでオレを買うんですか」


 そこまで買われる理由が分らない。そう言えば、毛利元就は可々と笑い声を上げた。


「我が、貴様は才能ある忍びだと思ったのだ。それが理由ではおかしいか」


 貴様は婆娑羅者であろうが、と口元を歪めた毛利元就に内心舌打ちをする。もう逃げ切れないとなったら婆娑羅で逃げれば良いと思っていたからこその余裕だった。手の内が全てばれたわけではないが、これで逃げ道を一つ失ったと言って良い。


「婆娑羅者ですか……婆娑羅者が何故忍びなどに」

「そんなもの我が知るところではない。だが――だからこそ、我はこの男を手に入れることができる」


 毛利元就はオレの前に片膝を突いた。世鬼一族がどよめく。そりゃそうだ、忍び一人のために国主が片膝を突くなんてあってはならない。


「我に従え、婆娑羅持つ忍び」


 その時ちょうど、刻々と南中を目指す日光が元就に向かって差した。光は毛利元就の頬を照らして眩しく、目を細めて見つめ続ければ優しい笑顔に出会う。忍びに向ける笑みじゃない――大事な人に向ける笑みだとオレにも分った。


「……謹んで、拝命いたします」


 あの時にはもうオレはきっと、ただの忍びにあんな笑顔を向けられるこの毛利元就と言う男に落ちていたんだろう。あれからずっとオレは元就のために働いて、世鬼をも従える立場にまでなった。復讐も果たした。そして、好きな相手も出来た。








「小太郎」


 周囲への警戒を忘れないまま出会った当初を思い出していれば、心ここに非ずと言うのが分ったのだろう元就が声を発した。


「どうなされました?」

「どうなされましたではない。何を考えていた」

「元就様と初めて会ったときのことですよ」


 あの笑顔が忘れられないからこそ、オレは元就に仕え続けてきたんだろうと思う。


「ふむ、そうか」


 元就はオレを見て何故か満足そうに呟いた。


「それならば良い」


 その晩は元就が珍しくこっちを気遣う発言をした。いつもなら文句も何もかも無視するくせに、今日に限って妙に優しい元就に内心気色悪いと思った。










+++++++++

 だんだんと長くなっていく気が。そしてそのぶん執筆時間ものびる伸びる。眠い。
11/04.2010
※アップするべき場所を間違えていたことに気づき慌ててこっちに移動

- 90/133 -
prenex




「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -