輝々後篇
急げ、急げ急げ急げ! オレがいながら御遣い様が連れていかれたなど、先代にあわす顔がない。それよりもなお、御遣い様に申し訳ない。きっと不安になっておられるだろう――オレが付いていながら何たる失態だ……!
御遣い様の御術はだれもが欲して止まぬ富国の術、もし無理強いされでもしたらきっと御遣い様は憂いのあまり天へお帰りなさるに違いない――そんなことは認めない。御遣い様はオレの妻だ。オレ自身の失態ならまだしも、他人のせいで彼女を失うなど耐えられない。だから急げ、急げ急げ急げ急げ急ぐのだ……!
オレを襲ってきたのは甲斐の者だった。ならば犯人も自ずと知れる、あの真田の忍、猿飛佐助が御遣い様を連れ去ったのだろう。全く忌々しい――御遣い様に怪我一つ負わせてみろ、なぶり殺しでもまだ足りん。
躑躅ヶ崎館へ駆ければ突然広がる見知った圧迫感。はやり御遣い様はここに――
「小太郎!」
武田信玄の後釜である真田幸村とその忍猿飛佐助、その正面に毅然と立つ御遣い様はオレの気配を認めて嬉しそうに声を上げられた。猿飛はオレが来たことに気づいてもいなかったようだが、流石は御遣い様だ。その横に膝を突き頭を垂れれば肩にふんわりと手を添えられる。顔を上げればにっこりとした笑顔だった。
「来てくれたんだね。信じてたよ!」
芍薬の様な立ち姿は子を三人も産んだとは思えず仙女そのもので、不老不死の仙人の一であるからだろういまだ幼い風貌は美しいというよりは可愛らしい。――この状況で見惚れてはいけないと知りつつもこの場を支配する仙力に酔う。
この殺気に似た圧迫感はしかし人を傷付けない。仙女は恵む者であり、争い傷付ける者ではないのだから。それを知らぬこの二人は御遣い様を睨みつけているが、それはお門違いと言うものだ。
コクリと頷いて御遣い様を抱き上げ、二人の前から離脱した。敵地に御遣い様を長い間置いておくようなことはしない。御遣い様が歩いて行きたいと仰ったからわざわざ草津まで歩いて向かっていたが、今回に関してはさっさと目的を済ませてしまうことが先決だろう。
「うん、そっか……仕方ないかぁ」
オレの言葉に御遣い様はハァとため息を吐かれた。オレには良く分らないが、新婚旅行というものは特別なものらしい。御遣い様には申し訳ないが今回は我慢して頂かねば。
某は佐助の部下が持って帰ってきた報告を受け、佐助と二人、沈黙していた。
佐助は頭を抱え、某は額を押さえている。
「ほんとーに新婚旅行だったわけね……」
「そうであるな」
部下の報告には、二人はさんざん草津で湯を楽しんだ後、意気揚々と小田原に引き上げて行ったとのこと。特に風魔の嫁御への溺愛ぶりは筆舌に尽くし難く、佐助でもここまで過保護ではないだろうと某でも思うほどのものでござった。
「てか風魔ってさぁ、あんな性格だったっけ? もしかして影武者を監視しちゃってたとかそんなオチじゃないの?」
「……部下を信頼しておらぬのか?」
「いや、信頼してるよ? だけどあんな報告聞いちゃったらさぁ……信じられないだろ、普通」
「その通りでござるが……うむ」
いかんとも言い難いことは確かでござる。
「それともあの子が実は本当の風魔小太郎で、今まで俺様が風魔小太郎だと思ってたのは本物の部下でしかなかったとか」
「ならばあのおなごが風魔小太郎であるのか!?」
「いや、まだ分らないんだけどね」
小太郎と言うからには男子であろうと思っていたが、雑賀孫市殿という前例もあることでござるし、ありえぬことではない。
「風魔小太郎……恐ろしきおなごでござる……」
「うん、まだ彼女がそうだって分ったわけじゃないからね、大将」
某は顎を反らし天を見上げた。思い出そうとせずともあの恐ろしさはすぐに蘇る。佐助がおらねばきっと立ち上がることさえできなかったでござろう、あの殺気の筵の中では。恐ろしい――ぶるりと体が震えた。しかし同時に心が浮き立つ。あの高みへと、某も、いつか。
「うむ、目指せ風魔小太郎でござるな!」
「大将、何が一体どうしたの? 頭でも打った?」
佐助が失礼なことを言う故給料を下げてやった。全く、某の宣誓の腰を折るとは無礼千万でござる!
+++++++++
真田主従は大好きです。でもバサ3では小太郎と敵対関係になるからどうしてもアンチくさくなったの。仕方ないよねと笑って許して下さると有り難いです。
11/28.2010
- 89/133 -
pre+nex