輝々
前篇

 小太郎と一緒の新婚旅行――っていうには結婚してから何年も過ぎてるけど、安産祈願とか仕事先訪問じゃなくて純粋な旅行に出ることができて満足、だったんだけどなぁ……。


「して、このおなごはどなたなのだ」


 私の目の前に座ってる真っ赤な見た目の男の子が首を傾げてる。うん、私こそこの状態は何なのか聞きたいくらいだよ。


「んー、あの風魔と一緒にいたんだよね、この人。見た目一般人なのに怪しいでしょー? だからちょっとお願いして付いて来てもらったの」


 お願いなんてされた覚えないんだけど……。ジトっとした目で見たら、「ちょっと付いて来てねって言ったでしょ?」と笑顔でその人は言った。迷彩柄なんて戦国時代になかったような、と思ってぼんやりしてた私を、返事を待たずに連れ去ったくせに良く言うよ。


「私は付いて行って良いなんて一言も言ってない」


 せっかくの夫婦水入らずで旅行してたのに! 子供たちは先代や近所の奥さんたちに任せて、二人だけで草津の湯にでも行こうかだなんて言ってただけなのに……。


「まーまー。で、お嬢さんはなんで風魔と一緒にいたのかな?」


 鶴姫でもあるまいし、と漏らす迷彩柄の人を睨みつけながら私は言った。鶴姫が誰だか知らないしどうでも良いんだけど、こっちの話も聞かずに連れ去ったこの人がすっごく嫌い。この人の質問になんか答えるもんか! 苛々したから凝をしながら迷彩柄の人を見たら、『猿飛佐助・真田十勇士の一人・オカン属性で口うるさい・給金低い』とかなんとか出てきた。給金低いのはこの性格だからじゃないかって思う。


「誘拐犯になんか何も言いませんー」

「誘拐ねえ……」

「おなごを誘拐!? まさか佐助、彼女を妻にしようと!? 気に入ったおなごを連れ去って無理矢理手籠になど――いやあああああ破廉恥ィィィ!!」

「そんな趣味ないよ! オレ様だってそういうのには手順を踏むよ!! てかそういうつもりだったら大将の前に連れてこないよ!」

「嘘つき、手順すっ飛ばして連れてきたくせに……」

「すわぁすくぇぇぇぇぇぇぇ!!」

「大将、落ちついて大将!! オレ様言ったでしょ、あの風魔と一緒にいてて怪しいから連れて来たって!!」


 人が自分の旦那と一緒にいただけなのに、それを怪しいというとは……全く酷い言いようだよ。

 迷彩柄が真っ赤な人に説明してたのには、『あの風魔が何の理由もなく他人の世話を焼くなんて考えられない。私がどこぞの姫君かと思ったがその様子もない。何か政治的な要因があるのだろうと思い、部下を囮に私を誘拐して話を聞くことにした』とのこと。……勘違いも甚だしいというか、こっちの都合とか全然考えてないよね。


「……今すぐ彼の元に帰して」

「何であの風魔と一緒にいるのか話してさえくれればこっちで判断するよ?」

「何でそっちの都合に合わせないといけないんですか。私を、彼のところへ、帰して下さい!――いえ、帰しなさい!!」


 小太郎の仕事が何かなんて、五歳の時から知ってる。敵が多いから一緒に旅に出るのは危険だってことも、それでも私のわがままを許して旅行してくれたことも知ってる。だからこそ、私は小太郎の足手まといにならないように頑張ってたのに!

 怒髪天を突くっていうのはこういうことだと思う。あまりにも一方的すぎる言いがかりに髪も浮き上がりそう。


「確か真田さんは西軍でしたね、だから東に付いている北条の手のものには特に目を光らせなくちゃいけないんでしょうね! でもそれを無力な女の私にまで押しつけるの!?」


 一応北条のお爺ちゃんとは仲良しだけど、だからと言って私が東軍に出来ることなんてないし。戦場で捕まえた捕虜と、旅路の茶屋から誘拐された私とは大きな隔たりがあると思うのだけど。


「って言われてもね、こっちも仕事だし」


 仕事だろうね、私は敵軍の関係者なわけだし。小太郎ならこんな平和的な手段とらずにさっさと拷問コースに行くだろうってことも分ってる。でもね、当事者の身からすれば理不尽過ぎて言葉も出ないくらいなの。

 ところで私はただの無力な女と言ったけど、これでも一応念能力者だからオーラで肉体の強化なんて簡単にできる。流と凝はもちろん硬や堅、周、隠、円だって。逃げようと思えば逃げられるかもしれないけど、小太郎と合流する前にオーラが尽きたらそれでおしまいだし。比べる対象がいないから自分自身のオーラ量の把握がいまいち出来てないんだよね。でも。


「私は小太郎の元に帰してって言ってるの、分ります?」


 錬をすれば真っ赤な人は顔を蒼褪めさせながら片膝になり、迷彩柄の迷惑な人は真っ赤な人の前に滑りこむようにして立った。


「佐助!」

「大将は下がってて。――アンタ、風魔と一緒にいたってことはアンタも風魔?」


 ピリピリとした空気が漂う中、迷彩柄の人が口を開く。


「風魔ですが、何か?」


 風魔の里の人間だけど、何か問題があるんだろうか?


「チッ!! 擬態が上手すぎるよ……風魔忍者ってのは皆こうなのかねぇ……」


 迷彩柄の人が何やら忌々しそうに呟いた。なんか、ヤな感じ。ああもう、早く小太郎迎えに来てくれないかなぁ。













 あの風魔と一緒にいるってだけでもおかしいし、夫婦のふりをしてるのも怪しい。この東西がピリピリしてる中どうしてこんなところにいるんだか……真田領の中を通って一体何をしようって言うんだろうね?

 茶屋で一休みといった旅人を装う二人に想像を巡らす。アレが風魔だってことはあの女は北条か東軍の関係者ってことだろうし、そんなに強そうには見えないからあっちを狙うのが吉かな。部下をやって風魔を挑発すれば、女を置いて迎撃に出た。――オレ様の気配の消し方は風魔にでも通じるレベルみたいだ。なんか、判断基準が風魔の反応ってのは悲しいけど。


「ねえそこのお嬢さん。ちょっと付いて来てくれない?」

「へ?」


 オレ様はみたらし団子をまぐまぐと食べてる彼女に声をかけた。そろそろ大将にも団子禁止令出さないとな……あの人、放っておいたら三食団子にしそうだし。

 振り返る彼女の首に手刀を落とし、オレ様はその場から離脱した。風魔に帰って来られちゃ面倒だからね。





 ――でも、彼女はここに連れて来なかった方が良かったかもしれない。いま現にオレ様の背中は汗でびっしょりだしね。


「風魔と一緒にいたってことはアンタも風魔?」


 突然としか言いようがない、急激な気配の変化に一瞬体が逃げを打った。でもこの場には大将もいて逃げることはできない。だから大将、早く逃げて欲しいんだけど……!

 ひょうひょうとした口調は内心の動揺を押し隠してくれる。努めて普段通りの口調で言えば、当然だと言わんばかりに答えが返ってきた。この子も風魔――ホント、風魔忍ってこんなにレベル高いの!? 風魔とこの子と二人がかりで襲われたら生き残れる自信ないよ、オレ様! 今の今まで無力な女の子だとばっかり思ってたのに、まさかのこの強さ。もしかするとこの子、風魔より強いんじゃないの?


「チッ!! 擬態が上手すぎるよ……風魔忍者ってのは皆こうなのかねぇ……」


 つい口から洩れた舌打ちに彼女の殺気が増す。どうやら聞こえてたみたいだ。


「大将に――真田幸村に何の用?」

「何も用なんてないわ」

「嘘だろ」


 こんな殺気を送っておいて何の用もないとかありえない。酷いことを言う用だけど、大将じゃこの子には勝てない――もちろんオレ様も無理だろうね。


「嘘ついてどうするの。そっちが勝手に私を誘拐したんでしょ!」


 そう言われてみればそうだけど、真田領に入ってきたのはそっちなんだから、オレ様悪くないと思うんだけど!?


「なら何でこんなとこにまで来たわけ? ここは敵地なんだから文句言えないだろ」

「……私は連れて来られた側なんだけど」


 ……オレ様が悪いの!? ちょ、大将もジト目で見ないで!


「さっ、先に真田領に入ったのはそっちだろ!? オレ様悪くないよね!?」

「敵対の意思がないから小太郎にはなるべく持って行く武器を減らしてもらって、軽装で変装せずに来たんだけど」


 そうだったの!?――いや、それならこっちから監視をやって、敵対の意思がないことを確認させるべきだろ。


「ならこっちに先に文でも何でも連絡くれれば良かっただろ……。監視を付けることにはなるけどこっちもそれなら安心できるしね」


 女の子はかなり嫌そうに顔を歪めた。


「新婚旅行に監視付きなんて無粋な真似されたくないからこうしたんだよ」

「は?」

「し……」

「新婚旅行――!? じゃあアンタ、風魔の嫁!?」

「そうだよ」


 本当に夫婦だったの!? いやでもかなりの年齢差があると思うんだけど! 武家ならまだしも、忍や平民でこれほど差のある結婚は滅多にない。風魔がいくつかは分らないけど二十代半ばとして、この子まだ十五かそこらだろ!? 少なくとも八歳位は違うだろうに、よくそんな年上の男と結婚する気になったもんだよね。いや、能力か? この子に見合うだけの能力を持った忍はきっと風魔だけだったんだろう。強い雌には強い雄を、ってわけだろうね。なるほど……。


「それならなおさら帰せないね……アンタには悪いけど、人質になってもらう」

「佐助!? おなごを人質になど――」

「あのね大将、戦は綺麗ごと言ってられるものじゃないの。使える手駒は増やせる限り持っておくべきなの、分る?」


 勝てるかは分らない。でも連れてくる時はあんなに無防備で簡単に落ちたんだから、隙を見つけることが出来る、と思いたいなぁ。って駄目駄目、弱気になってちゃ出来ることも出来ないよ!


「――小太郎!」


 と、彼女が突然嬉しそうな声を上げた。それも呼んでるのは風魔の名前。






 ――風魔がもうここに!?











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後篇に続く^^後篇は風魔視点と、もしかするとゆっきー視点

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