シーザーなのはサラダだけで十分 | ナノ

その3.歴史の勉強マジで大事

 役人達に孤児の就学支援に関する法律を提案したら見るからに見下した目をされたからクビにした。弱者は死ねという考え方が主流のこの時代では異色の考えかもしれないが、俺は見て見ぬ振りはできない。国連で子供の人権宣言が公布されたのは千九百八十九年で、対して今の年号は千九百三十六年――子供の人権なんてものは存在せず、子供は「小さな大人」として重労働に着かされるのが普通なのだ。

 こんな面倒な国っていうか魔法界を率いるなんて嫌だというか無理だ。いっそのこと日本にでも国外逃亡するか? いや、でもまだ日本とイギリスの国交は正常だし、連れ戻される可能性でかいんだよな。カナダ――千九百四十九年までイギリス領――も、駄目だ。オーストラリアなんて白豪主義がブイブイ言わせてる国だぞ、怖くていけるわけがない。それに俺は入浴時にはバスタブに浸かる派だ。シャワーだけとか我慢できん。だからと言ってもアメリカなんてもっての外だし、国外逃亡は断念しろってことだろうか。くそう、面倒すぎる!

 役人達が役に立たないので、足長支援団体は俺が立ち上げた。団体とは名ばかりでリーダー:俺、メンバー:俺という寂しいものだが、ホグワーツやボーバトンに入学する孤児及び経済的に苦しい立場の子供の学費等の必要資金の全てを支援する。なにせ俺は魔法界のドン、マイケル・キング・ネスの息子なのだ。親父に必要経費だとごり押しすれば今年のホグワーツ入学者全員の七年分なんて目じゃない位だしな。どのくらい金持ちかって言えば、グリンゴッツで一番容量のある金庫が三つ埋まるくらいある。ついでにその二つは金貨のみだ。初めて見た時は噴いた。

 学校ごとに学費の支払いに困っている生徒のリストを送らせたら、貧しい家庭の子供が多かった。第一次世界大戦からもう二十年近く過ぎているが、影響はまだ抜けていないようだ。親が魔法族である家庭には、将来自分で稼いで返してくれたら良いよという内容の書面と申込用紙を梟便で送った。すると八割強の家から申し込みがきた。あとの二割はネス家の長男である俺が信じられないんだろう。まあ強制ではないから好きにしてくれ。――で、だ。あとは孤児なわけだが、リストには八人の孤児の名前が書かれており、その中にトム・マールヴォロ・リドルという名前を発見した。確かこれ、秘密の部屋とかいう巻でヴォルデモート氏の本名としてでてきた名前じゃなかったっけ。困った。


「性格矯正とか、無理だろ。だって俺理事じゃないからホイホイ行けるわけないし」


 ついでに親父は理事長だ。


「うーむ、相互理解なら話し合いだよなぁ。胸襟を開いて話し合えたら良いんだがな。話し合い……話し合い?」


 唸りながら悩んで、そして閃いた。そうだ、会話じゃなくても良いじゃないか、梟便があるんだから。ナイスアイディア! 孤児には日々の出来事を知らせられる親がいないし、俺を兄と思って手紙を書いてくれと言えば良い。俺ってばまさに足長おじさん!

 というわけで、孤児がいる孤児院を回って支援を申し出た。頼るべき人のいない孤児達は支援を受ける以外の道がなく、生活費全てを支援するという俺の言葉に安堵したようだった。


「ミスター・ネス。貴方は何故こんなことをするの?」


 最後に訪れた孤児院、そこはリドルのいるところだった。俺に質問を投げかけ、暗い目でまっすぐに見つめてくるリドル。この目。この目だ、地団駄を踏んで歯ぎしりしたくなることを思い出させる、見覚えのある目。だからつい、ポロリと言ってしまった。


「世界を変えたいからだ」

「……どういうこと」


 眉間にしわを寄せて訊ねるリドルの表情は年齢相応に見えた。頭をクシャリと撫でて鼻の下を掻く。俺が孤児の支援をしようと思った理由――それはさっきの目とも関係している。


「つい二十年近く前までイギリスは戦争してただろう? だから俺の在学時代には先輩や同級生に孤児や母子家庭の人が沢山いたんだ。その中で、学費を稼ぐために無理して働いたすえ病気になっちまった先輩の母親とか、その母親を介護するために退学した先輩とか、勉強しながらアルバイトをして学費を稼いでいたものの体を壊してしまった同級生とかが、そりゃあ数え切れないほどいた。中には将来スゲー学者になるだろうって奴とかクィディッチの選手になれるだろうって奴とかがいたわけだ。もう、あんな目をして退学していく奴らを見たくないのさ。分かるか、リドル君」

「……うん」


 魔法薬学じゃ右に出る者のいなかったナイジェル・スネイプ、動体視力が半端じゃなかったトーマス・ベーカー。他にも名前を挙げれば両手じゃ足りない。


「親がいないからと言って勉強に集中することもできないなんてナンセンスだ。金が必要なら俺が出す。俺は君の親になることはできないが、兄にならなれると思っているんだ」

「ミスター・ネス……」

「今から俺と君は兄弟だ。イネスと呼んでくれ」

「うん、イネス。――有り難う」


 リドル君を闇の魔法使いに堕ちる前にすくい上げることは出来るだろうか? まあやってみないと分からないが。

 これからは俺の足長おじさんが始まるわけだが、反発がないとは言わない。囲い込みだの青田買いだのと言う奴とか、目的を言えだの何を目論んでいるんだだのと人を悪だと決めつけてくる奴もいる。てか、役人共、俺を批判する前に仕事しろ! 十時出勤五時上がりとかどこの重役だ、アフタヌーン・ティが何故二時間も必要なんだ!! もう嫌だ、こいつら信じられない!

 俺が独裁を始めるまで、あと二ヶ月。




+++++++++
 プラン・ジャパン等の貧困支援団体は戦後から。
2012/02/29



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