シーザーなのはサラダだけで十分 | ナノ

その2.こんな仕事辞めたい

 オレの名前はイネス・リューガー・ネス。ミドルネームは自分で名乗るんだが、前世が隆雅って名前だったんでリュウガと名乗った。が、聞き間違えられてリューガーで定着してしまった。とても不本意だが、何度「リュウガ」と名乗っても「リューガ」もしくは「リューガー」としか言ってもらえずしまいには諦める他なかった。

 対して親父の名前はマイケル・キング・ネス。本家であるブラック家を越えた権力を握ったからとかいう理由でキングを自称したらしい。かなり格好悪い行為だと俺は思うんだが、親父と周囲はそう思わないらしく喜々としてキングと呼ばせたり呼んだりしている。まあ、ブラック家を抑え純血貴族達のリーダー――というかドンをしていて、実際に『キング』であることは確かだ。その親父様の勝手で俺が魔法大臣に着任することになったのには、もはや恨みしか湧かないな。必ず辞職してやる……。

 魔法界に議会はない。議員の選挙制度なんてもちろんあるわきゃない。あるのは大臣を誰にするかという選挙だけだから、ある意味ではアメリカの大統領選挙に似ているかもしれない――選挙の票が持つ重さが平等であればな。

 魔法界の選挙は不平等選挙だ。金を持つ人間、つまり旧家や権力者の投票する一票は一般魔法使いの票の何百倍の重さがあり、一般の千票は旧家の二票に負ける。そんな優遇された旧家や権力者の中心に君臨する親父の息子である俺が大臣にならないわけがなかった。今すぐ辞めたいが、逃亡しても投げ出しても引きこもっても無駄だろうということは分かっている。ホグワーツ入学前に全て試したが、全く意味がなかったから。

 で。大臣になった俺は、春闘と休暇には精力を注ぐものの仕事にはいまいち真面目にならない役人達と、自分の権力を主張することにかけては右に出る者のいない貴族連中を率いなければならなくなったってわけだ。これもまた試練だとか何だとか親父が言っているが、俺からすれば試練じゃなくて労役だ。面倒くさい……。




 俺は書類を放り投げた。イギリスはコモン・ローの国とはいえこれはいかんだろ。この目で見るまでは信じられなかったが――何で貴族による犯罪行為のみ減刑されてるんだ。民主主義はどこへ行った――あ、駄目だ。まだ千九百三十年代だった。世界中の植民地から甘い汁吸い上げたりしてる最中だから、『植民地民の人権? そんなものあるわけないだろう。おかしなことを言うなぁ、HAHAHA!』がまだまかり通っている時代なのだ。

 この際はっきり言っておこう、ヨーロピアンは信頼できない、と。近世までアフリカやアジアの人間は腕が三本あるとか悪魔の使徒だとか巨大な蛸の化け物がいるとか信じてたし、黒人は異教徒だから人間じゃないと家畜扱いしていた。スペインの某お方なんて、とある国の国王を不当に拘束したあげく金を差し出せば助けてやると言ったくせに、金は奪って国王や有識者連中を皆殺しにしたのだ。一番古い虐殺の歴史と言えばソドムとゴモラか……異教徒は皆殺しが普通なのだ。

 ヨーロピアンが信頼できないと言う理由は他にもある。第二次世界大戦時に日本はドイツと共同戦線を張ったが、日本と敵対していたはずの中国には戦時中フォルクス○ーゲン等のドイツ製の単車・自動車が大量に走っていた。もちろん盗まれたものじゃない。――つまり、そういうことだ。右手で握手をしながら左手でナイフを握っているとは誰が言ったことだったか、まさにその通りの文化なのだ。休戦の呼びかけは騙し討ち、同盟のお誘いは外敵がいる場合以外は騙し討ち。日本で生まれ育った俺からすれば、かなり性根のひねくれ曲がった歴史と文化だ。

 まあその他にもオレがヨーロピアンを信頼することができない理由はいくつかあるんだが、まあそれは今のところ横に置いておこう。現在一番重要なのは貴族の減刑処置のことだ。これはおかしいだろ。よく考えてみろ、盗みをした一般魔法使いが腕を切り落とされるのに対して貴族は一週間の謹慎だ。資金面で豊かな貴族が盗みをすることはほぼありえないが、これはそういう問題ではない。旧家の出身であるというだけで許容される犯罪行為とか、いかんだろ。

 俺に貴族の犯罪に関する羊皮紙の山を持ってきた、その担当だという役人に声をかけた。


「なあ、これはいかんだろう。貴族が優遇されすぎだろ」

「それが慣習ですので……」

「昔もそうだったから今もそうしなければならないというのはおかしい。時間は流れるものなのだ、時代錯誤な慣習は捨ててしまえ」


「ですが……」


 渋る役人に少し苛っときて口調をきつくする。


「ですが、何だ。確かに先人の残した慣習を踏襲することは大切だが、もっと大事なことを見失っては意味がないだろう。お前はそれでもクリスチャンか? 神の前では貴族だろうがマグルだろうが平等、減刑処置などナンセンスだ」


 俺は無神教徒だが、生まれてすぐに洗礼をしているから公式的にはクリスチャンだ。コモン・ロー以前の大前提を持ち出せば相手は怯み、ですが、だとかでも、だとかとモゴモゴ言い始める。

 それにしても、魔法族は魔女裁判で拷問されたり殺されたりした割に、クリスチャンであることを止めてないんだな。俺だったらお断りだぞ……二十リットルの水を無理矢理流し込まれたあげく水で膨らんだ腹を――グシャッ(被害者死亡)とか、良くそんな処刑方法を思いつくよなと思う。それとも魔法族の皆さんはマゾなんだろうか。ついでに今言った処刑は、今の俺の時間軸で言えば現在進行形でとある国で行われてて、戦後はその虐待の事実を日本に押しつけんだぜ。白人怖い。


「――なんか面倒になってきた」


 元々面倒だったが、なんだかどんどんこいつら役人に任せていても埒があかない気がしてきた。言い訳を並べ立てるだけで解決策もなにも提示できていないこいつ、全く役に立たない。


「あー、畜生」


 役人がビクリと肩を震わせた。政治改革しないとまずいわ、こりゃ。先ずはなんだ、リストラから始めれば良いのかね。しかし資料が足りない――うう、面倒くせえ!


「とりあえず、現行の政策に関する資料全部もって来い!」


 孤児を支援する法律さえなかったことを知って狼狽するまで、あと一週間。






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 日本人は白人の歴史をもっと知るべきだと思うのです。
2012/02/29



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