Star Dust






 ハリーが額の痛みに膝を突き、立ってるのは私だけになった。黒いマントが嗤うように震えスルスルとこちらへ近付いてくる。


「ヴォルディー、まだ時じゃない。ハリーを襲っちゃいけないよ」


 私が何もしないと知ってるヴォルディーは私には目もくれず仇を襲おうとした――けど、フィレンツェが助けに来ることだし私が何もしないってのはちょっとアレかなーと言う事でハリーを後ろに庇った。


「鈴緒……?」

「ヴォルディー、今のあんたじゃハリーは倒せない」


 てか、ここでヴォルディーが負けたら原作が変わるな。ロックハートあたりなら良いように持ち上げて良い気にさせてとり憑きそうだ。賢者の石がある限りアタックし続けそうだしね。粘着質だもん、ヴォルディー。

 と、蹄の音が高らかに響いた。私の背中の方からやって来て、頭上を飛び越えヴォルディーと私の間に躍り出たそいつは、原作通りならフィレンツェのはず。半人半馬だし人間と同じに考えちゃいけないとは言え、人の頭を乗り越えていくとは無礼な奴。後でその尻毛を引っこ抜いてやる。


「ケガはないかい?」


 去っていくヴォルディーに手を振ってると、フィレンツェが私たちを振り返った。そしてハリーに声をかける。


「ええ……、ありがとう……。あれは何だったの?」

「それは火星と彼女が知っています」


 フィレンツェの目が私を見た。言わないよ? 言うなって言われなくても分かってるってば。


「鈴緒さん」

「ノーコメント」

「ポッター家の子だね? 早くハグリッドのところに戻った方が良い。今、森は安全じゃない……特に君にはね。私に乗れるかな? その方が早いから」


 ハリーの注意を引いてフィレンツェが膝を曲げた。


「貴女は必要ないですね」


 フィレンツェに念押しするように言われた。まあ姿現しとかそんなので必要性はないけどさ、一回くらいケンタウルスの背中ってものに乗ってみたいよねー。フィレンツェの目が拒否してるけど。この野郎、尻にハート型の毛剃り跡作ってやる。


「ちぇ」


 地面を蹴った。ハリーがうんせっとフィレンツェの背中に乗ろうとしてる。良いなー羨ましいなー、私も乗りたいなー。ああでも一度に二人は流石にキツいか。他のケンタウルスなら乗れないかなぁ。


「フィレンツェ!」


 そんな所にえーっと、どっちがロナンでどっちがベインだか知らないけど、ロナンとベインが現れた。よっぽど全力疾走したんだろーな、汗だくでわき腹が目に見えて波打ってる。


「なんという事を……人間を乗せるなど、恥ずかしくないのですか? 君はただのロバなのか?」


 たしか怒鳴ったのがベインだから、もう片方がロナンか。


「この子が誰だか分かっているのですか? ポッター家の子です。一刻も早くこの森を離れる方が良い」


 そう言うがねフィレンツェ君、危険だなんだと言いながらも君はヴォルディーを追い払ったよね? なら君がいればとりあえずの安全は守られるということで、ハリーを背中に乗せてまで急ぐ必要はない。それに一度追い払われたヴォルディーが戻ってくるかを考えると、戻ってこないに一票入れるよ。力の補充のためにユニコーンを襲ってたくらいだから、またこっちに襲いかかれるほどの元気があるとは思えない。それにここでハリーを殺してしまって賢者の石の守りが強化されてみろ、石を手に入れるのは難しくなる。それを分かっているのかいないのか、二人――二頭?――は睨み合った。


「この子に何を話したんですか? フィレンツェ、忘れてはいけない。我々は天に逆らわないと誓った。惑星の動きから、何が起こるか読みとったはずじゃないかね」


 ベインが唸るように言った。落ち着きがなく足は地面を蹴ってる。


「私はフィレンツェが最善と思う事をしたと信じている」


 ロナンが目を伏せて、くぐもった声で言った。まあ、私もフィレンツェを否定するつもりはないんだよね。だたもうちょっと良く考えましょうとは思ったけど。ハリー・ポッターのキャラクターはみんなどっか抜けてるってか考えなしだよねぇ。

 でもロナン君や、それは日和見って言わないか? つまり――何て言うのかな、全く賛成してる訳じゃないんだよ、でも僕は彼を信じてる、みたいな。それはあまりに自分勝手だよね。


「最善! それが我々と何の関わりがあるんです? ケンタウルスは予言されたことにだけ関心を持てばそれで良い! 森の中でさまよう人間を追いかけてロバのように走り回るのは我々のすることではないでしょう!」


 これも極論だなぁ。保守派といえばそうなんだろーけど、片面しか見えてない意見だ。予言されたことに抗いたいと思う者を押しつぶすだけじゃ火種は燻り続けるよ。


「ベイン、あのユニコーンを見なかったのですか? 何故殺されたのか君には分からないのですか? それとも惑星がその秘密をきみには教えていないのですか? ベイン、僕はこの森に忍び寄るものに立ち向かう。そう、必要とあらば人間とも手を組む」


 お互いに怒って後ろ足で立ちあがって威嚇し合ったりする。ハリーが振り落とされそうだから背中の存在を思い出してあげてね。フィレンツェがくるりと振り返った。


「四と七を識る者――貴女はどう思いますか?」


 いきなり話しを向けられてお姉さんびっくりだ。四を識るって、どういうこと――ああ、四つの時代にいくからか。すっかり忘れてた。そういえば四つのうちの一つがどこなのかまだ分かってないんだよね。親世代なのかな? 調べまくったのなんて十何年も前の話だし、四つの時代なんて頭から抜け落ちてたよ。後で調べよう。ところで七って何だ?


「好きにすれば良いんじゃない? ただ言わせてもらえば、フィレンツェは考え過ぎ、ベインは一つの考えに凝り固まりすぎ、ロナンはもう少し他人のことを考えた方が良い」


 馬上――って言えば良いのか?――のハリーが私を不思議そうに見つめる。ケンタウルスとここまで仲良く、ってか意見まで求められてるなんて驚きだったんだろうな。だってハグリッドとケンタウルスの会話が成立してなかったのをハリーも見てたはずだし。


「そろそろ私は行くよ。ハリー、またね。フィレンツェ、ベイン、ロナン、じゃーね」


 これ以上巻き込まれるのはご免だ。私は獣耳には萌えても下半身が馬なのに萌えられるほどの強者じゃないもんね。私は返事を待たずにさっさと逃げて、冷たい布団に潜り込んだ。畜生ハグリッドめ、私の貴重な睡眠時間を返せ。





 次の朝、ドラコがあんまり興奮してるもんだから、一体どうしたんだか聞いてみた。


「どうしたのさドラコ。昨晩あの後に何かあったの?」


 するとドラちゃんは堰を切ったように話しだして、聞かなきゃ良かったと後悔することになった。――でもまあ、昨日のあれが今すぐ調べなきゃいけないことじゃないって分かったから有難いと思わなくちゃね。


「昨日の晩レイノがいなくなった後、鈴緒・小早川が現れたんだ!」


 朝食をさっさと済ませたアメリアとパンジーが教科書を広げながら紅茶を飲んでる中、サンドイッチを千切っては口に放り込みながら話を聞く。


「毛生え薬とか発明した人でしょ? 悪戯道具の神様って呼ばれてるんだよね?」


 ゾンコじゃ赤絨毯引かれそうな勢いで歓迎されるし。まあ――私が考えた商品のほとんどはアブラカタブラで遊び済みだからねぇ。効果は確かだったよ。太りやすくなる薬とか対象の頭の周りで「脳天パー子」って文字が回る打ち上げ花火とか。禿げ促進薬? 言わずもがなだよ。


「それは彼女の一面に過ぎない――知ってるだろう? 彼女はホグワーツで十年教鞭を取っていたことがある」


 え、そーなんだ? 魔法史関係の本は面倒だから読まなかったんだよね……。リドルン世代で初めて勉強したんだもん。それでも点数が取れたのはファンタジー小説みたいな部分があったからだよ。


「父上もその授業を受けていたというし、彼女は父上が唯一尊敬する魔女なんだ」


 アブたんになんだか申し訳ない気持ちになってきた。私には遊ばれるわ、息子は私を尊敬するわ。孤立無援、四面楚歌ですなぁ。面白いけど。一体どんだけ生え際が後退したのか気になるところだわ……。いつかマルフォイ邸にいくことがあったら肖像画を確認してやろう、うん!


「私そういった話は全然知らないんだよねー。ドラコ、その人は他に何かしたの?」


 自分のことをその人って言うのはちょっと抵抗があるけど――そーだ、親世代の私は何年後の私なんだろーか。私から私に充てた手紙とか残ってないかな。


「小早川教授の話は有名だぞ? スネイプ教授も小早川教授の生徒だったと聞くし――ああ、すまない、馬鹿なことを言ったな」


 ドラコが私がほぼ一人暮らしをしてたことを思い出したんだろうな、申し訳なさそうに顔をちょっとしかめた。


「気にしないで良いよ。で?」

「闇の魔術に対する防衛術の教授が毎年変わることは知っているか?――そうか。知っての通りここ二、三十年は毎年のように担当教授が変わっているというのに、小早川教授は十年間も防衛術の教師として教鞭を振るったんだ。彼女の後任はどうやら定年まで勤められると思っていたようだが、一年しか保たなかった」


 これは彼女の凄い所の一面でしかないんだがな! とドラコはなんだか自分のことのように自慢そうに力説してる。もう私も朝ご飯食べ終わっちゃったよドラちゃん。


「ホグワーツ首席卒業で、薬学家としても素晴らしい才能を発揮し、だというのに教えたのは闇の魔術に対する防衛術。万能で隙がないんだ。ああ! 僕も彼女に教わりたかった!」


 他人の話を聞いてるよーな気分だ。ひとごとに聞こえる。でもまあ、父親がべた褒めしてる人とニンニク臭いドモリを比べたらそりゃあ……マシな方に憧れるだろうね。当然の帰結だ。


「ところでドラコ。そろそろ教室に移動した方が良くないか?」


 授業まであと七分しかないんだけど。

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