Star Dust






 ハリーたちが三人で百五十点失ったのは、まあ当然ながら数時間で全校に広まった。ハリーたちは元々目立つ立場だったし、ミネルバばーちゃんはプンスカ怒ってて、聞かれれば表情を固くしながら答えてた。だけど事実を隠さなくて良かったと思うよ? 隠すと逆に状況を悪化させるのは明らかだったから。


「レイノ」


 ドラコがおずおずと声をかけてきたのは昼過ぎ。それまでは私に声をかけかねてたように見えたからとりあえず放っておいたのだ。あ、もちろんシシーのサンドイッチはいつも通り頂きました。うまうまいぇい。


「昨日の紅茶――美味かった」

「いや、どういたしまして」


 ドラコの顔が明るく輝いた。その輝きがデコに移動すれば良いとか思ってごめんなさい。色々と申し訳ない気分だよ。でもハゲれば良いと思う。ああ、この矛盾した感情の行方はどこへ? ハゲれば良いのに、ううん、駄目よレイノ、こんなに純粋な少年の心を傷つけてどうするの?――高笑いしたいの! だめだこいつなんとかしないと!


「昨日の晩……僕のせいで五十点失ってしまったんだ。なあレイノ、僕はどうしたら良いんだ?」


 何でいきなりお悩み相談室になってるんだろう? あれかな、私が頼り甲斐のありそうな人だからかな?


「授業中頑張るしかないよ。点数を失ったことを嘆くより、これから挽回することを考えたら良い。ね、頑張ろう。私も手伝うから」


 私は思うんだが、どうしてハーマイオニーは点数を挽回しようとしなかったんだろうね? 点数を大幅に削った自分が手を上げたり発言したりすることが恥知らずだと思われると思ったから? でも、大人しく縮こまって何もしないのと、発言して点数を稼ぐのじゃ、どっちが恥知らずかって言えば、失った分を取り戻そうとしない方だと思うんだ。反省するのは授業中以外にもできるけど点数を稼ぐのは授業中にしかできないからさ。


「だが! 点数を失くした本人なんだぞ、僕は」

「ドラコが失くしちゃったなら、ドラコが補わなくて誰が補うのさ。他人の稼ぐ寮点? そういうのは他力本願だよ」


 死ぬ前の私の記憶で、「自己責任」って何度も繰り返してた人がいたって記憶がある。自己責任ってのはこんなのを言うのだよ。分かるかねワトソン君。……ワトソン君! ワトソンくーん! チッ、返事がない、ただの屍のようだ。


「そ、そうか……」


 まだ十一歳なんだもん、ドラコもこれから学んでいけば良いと思うよ。ていうか、何でドラコの目が輝いてるんだ?


「ど、どったのドラコ、頭のネジでも飛んでった?」


 パパも始めは才能にあふれた素敵な人だったのに……交通事故で頭のネジが飛んでっちゃったんだよね。大丈夫、その遺伝子ははじめちゃんに受け継がれてるから!


「いや――レイノには感謝してもしきれないな、とな。礼を言う、レイノ」

「お、お気になさらず?」


 一体どうしたドラコ。ついにおかしくなったのかね? いや、お姉さんは君がハゲるのは嬉しいが、浮世離れした感性の人になるのは歓迎できないぞ?






 最近ドラコが忠犬っぽい。おかしいな、ドラコはあいつの血を引いてるんじゃないはずなんだけど従兄弟パワーなの? 隔世遺伝?

 もう試験はあと一週間と少しに迫ってて、どこもかしこも一時的に真面目になった生徒で溢れかえってる。


「レイノ、どこへ行くんだ?」

「セブのとこ。行ってきます」

「ああ、行ってらっしゃい」

「気をつけてねー」

「落ちれば良いのに」


 パンジーが最近恐い。いや、前から恐かったんだけど、最近はもっと恐い。さらりと毒を吐いてくれるもんだからもう泣きそうだ。アメリアはアメリアでこの頃何かの地下集団を纏めてるみたいで恐ろしいし、私の周りは恐い女の子ばっかりか。そういやマートルも恐かった。ゴリ押しの達人だった。だから私、恐くてあのトイレに近づけない。
『鈴緒が勉強を教えてくれなきゃ、私は落第して更に笑われるのよ! 鈴緒が教えてくれないから! 鈴緒のせいで!!』

 ……怖かった。


「セセセセセセセセセセセセ」


 懐かしのチーズ星人みたいに両手を構えて唱えたりしながら地下の薬学研究室に向かう。教師だからといって皆まとまった場所に寝室があるわけじゃなくて、それぞれの科目教室の近くで寝起きしてるのだ。合理的といえば合理的だけど魔法薬学教授の寝室は寒いし暗いから体に悪いと思う。


「セーブー」


 四回ノックして返事を待たずに開ける。中ではセブが天井の明りに杖を向けて明るさを調節してた。滲むように明るくなってって、薄暗かった雰囲気が失せる。紅茶を詰めた水筒をテーブルに置いて、私用に常設された椅子を端から引きずりだして座る。


「うむ。良く来たな、レイノ。今日はどうだった」

「今日は――うーん、特にこれと言ったことはなかったよ。セブのところに遊びに行くって言ったら罵られたけど。皆切羽詰まってるね」

「ああ――お前は大丈夫なのか? 七年間ちゃんと首位を取れるのだろうな?」

「大丈夫だよセブ。私を誰だと思ってるの、セブの娘だよ」


 伊達に生まれてから魔法勉強してないし、それにすでに卒業してるしね!

 セブはどうやら高学年の試験問題を作ってるみたいで、私が覗いても止めなかった。


「三年生?」

「ああ」


 でも試験一週間前になったらセブの部屋訪問も控えないといけないだろうなぁ。試験問題を見せてもらったに違いないとか疑われそうだし。一週間前ってーと、明日か。じゃあ今日までなのか、なんか寂しいな……入学してから毎日通ったのに。雨の日も風の日も、屋根の下を。


「明日からセブの部屋に来るの控えるね。紅茶はいつ渡そーか。夕食の後とか?」


 セブは水だし紅茶にハマって、私がクリスマスに寄り道した堂島にあるティーハウスムジカのオリジナルブレンドティーがお気に入りだ。どこのブレンドだって何度も聞いてきたけど、流石に日本に行ってきたことがバレるだろーから内緒にしてる。言えませんよ恐くて。


「なら夕食の後渡してくれ」


 セブに頷いて、二人で紅茶を飲んだ。最近セブが紅茶を淹れてくれないのは水だしのこれのせいだろーか。味がわからない私だけど、セブの淹れてくれる紅茶は格別なんだけどなぁ。




 次の朝。珍しくワシミミズク以外から手紙を受け取ったドラコが、真っ青な顔して私に縋りついてきた。瞳を潤ませる美少年、萌えっ!――だいたい何を言いたいかは分かるから、可哀想っちゃ可哀想なんだけどね。さあドラちゃん、お姉さんがパパっと解決してくれよう。


「レイノ、どうしよう! 罰だって――減点だけじゃなかったのを忘れてた!」


 このままストレスで禿げてくれれば、(私が)この上なく幸せなのに――いかんいかん。


「大丈夫だよドラコ。ドラコだけじゃない、ハリーたちも一緒に罰を受けるんだから一人じゃないよ」

「ポッターたちと!? 更に悪い!」


 今までで分りきったことだけど、ドラコはハリーたちと一緒ってのはもっと嫌らしい。と言われてもなぁ、私がついて行くことなんてできないし。可哀想だけど寮の前で手を振ってあげることしかできないんだよね。森の浅いところにある薬草を摘みに行くとかでセブに許可もらおうとしても、もう試験一週間前だから私が行くんじゃなくてセブが行くのが順当だしなぁ。本音を言えば、私も寝たいし面倒だし。


「って言ってもね、深夜に徘徊しちゃったのはドラコだからなぁ。私が罰について行ってあげることはできないよ」


 ああでも、涙目のドラコについ頷いちゃいそうだ。そんな、チワワみたいな目をして見ないで! 心が穢れきってる私にはその光は強すぎる! ああ焼かれる! 闇が焼かれてしまう!!


「レイノ」

「う」

「レイノ……」


 ドラコは将来悪女になる。今、それが確定した。性別が違うから悪男? それってどこの不良マンガ?


「OKOK、分かった。姿を隠せる魔法があるから、それでついて行くよ」

「有難うレイノ!」


 ドラちゃん、どこで道を踏み外したんだろーか。確実にヒモ男的スキルを身につけてってるよ。駄目だ、凛々しく格好良いドラコ化計画はどこに行った。凛々しく格好良く生え際が後退してるドラちゃんが遠い気がするぞ!


「それにしても、ね……何考えてんだろ、ジジイ」


 私は抱きついてくるドラコの頭を撫でながら教師席を見上げた。……セブがドラコを射殺さんばかりに睨んでる。ジジイはヒゲを撫でながら怪しく笑ってた。見なかったことにしよう。

 手紙には禁じられた森に入るなんて全く書かれてなかったけど、原作読者の私は知ってて当然だもんね。試験前の罰則、試験前の罰則……何かあったよーな気がする。ウィッキウィッキにしてやんよ!


「ああ、ヴォルディーか」


 ドラコには聞こえないように呟いて、教師席に視線を滑らす。ターバンのどもり教師ことクィリナス・クィレル――ユニコーンの血を啜った代償に、骨も残らず消え去る運命の男。私は彼を救うべきなんだろうか。彼もヴォルディーに利用された立場と言えばそうなんだから。クィレルが私の視線に気づいてか首を傾げながら見つめ返してきたから、笑顔を返しといた。

 ……私は、セブを救えればそれで良い。






 スリザリン寮から玄関ホールへの道すがら、ドラコは私がついてきているか確認しては安堵のため息を吐いた。


「レイノ? いるかい?」

「いるよドラコ。いなくならないから安心して」


 姿が見えないのが不安なんだろーか。まあ、見えない存在を信じろっていうのは酷かな――でもそーすると誰も宗教信じれないよね。神様とか姿ないし。

 玄関ホールにはフィルチが待ってて、スリザリン生だろーがグリフィンドール生だろーが公平に嫌味なフィルチはドラコを苛めて遊び始める。ブルブル震えるドラコの頭を撫でてあげれば落ち着いて、フィルチは苛めがいのない一年生に鼻を鳴らした。


「ついて来い」


 ハリーとハーマイオニー、そしてその哀れな被害者ネビルが着いたのを見て、フィルチは顎をしゃくって外を示した。ランプに火が灯る。


「規則を破る前に、よーく考えるようになったろうねぇ。どうかね?」


 ドラコは怯えて見えない私の手を強く握り締め、力がこもりすぎてて痛かった。声を出せないのが辛いところだわ。代わりにチョップしたけど。


「ああ、そうだとも……私に言わせりゃ、しごいて、痛い目を見せるのが一番の薬だよ――昔の様な体罰がなくなって、全く残念だ……手首をくくって天井から数日吊るしたもんだ。今でも私の――」


 長々とした『恐がらせるための話』に震えるドラコには申し訳ないが、ドラコには萌える。顔が真っ青よ、ドラちゃん! 怖いのね、そうなのね! もっと怖がれば良いのに!!


「フィルチか? 急いでくれ。俺はもう出発したい」


 闇に沈んだり月が照らしたりと忙しい地上を、ドラコと手を繋いで歩く。ハーマイオニーをちらりと見ればやっぱりあっちも真っ青で、ネビルなんか今にも死にそうだ。でも、ハグリッドの元気な――豪快な声で顔をさっと上げた。


「あの木偶の坊と一緒に楽しもうと思っているんだろうねぇ? 坊や、もう一度考えた方が良いねぇ……君たちがこれから行くのは、森の中だ。もし全員無傷でもどってきたら私の見込み違いだがね」


 とたん表情が明るくなったハリーを見咎めてフィルチがクツクツと笑いながら言い、ネビルがこの世の終わりみたいな呻き声を上げた。ドラコが立ち止まったから腕を引いて無理やり進ませた。私がいると思ったんだろう方向を恨めしそうな目で見たけど、わたしはもうちょっと前だよドラコ。


「森だって? そんなところに夜行けないよ……それこそ色んなのがいるんだろう……狼男だとか、そう聞いてる――アイタ!」


 無駄に不安を助長するだけだったから頭をチョップした。――したら、ハリーたちは夜の森による超常現象だって思ったみたいで、更に顔を青くしてた。失敗失敗! でも気にしない! ドラコ以外が恐怖に震えようが気にしない。


「まあ、そんなことは今さら言っても仕方ないねぇ」


 フィルチはいつもにまして嬉しそうだ。まあ、フィルチの性癖を考えると納得せざるを得ないけど。サドには『ただし美形に限る』って但し書きが必要だと思います。


「もう時間だ。俺はもう三十分くらいも待ったぞ。ハリー、ハーマイオニー、大丈夫か?」


 ハグリッドが心配そうに二人を見たけど、ネビルは可哀想にも名前を呼ばれなかった。ドラコは真っ青になりながら私の手を握り締めてきて、このまま指先が壊死するんじゃなかろーかってくらい指先が真っ白だった。ちょ、指が! 今度は手首にチョップして、私がドラコの手首を握った。ドラコは不安そうだ。


「こいつらは罰を受けにきたんだ。あんまり仲良くするわけにはいきませんよねぇ、ハグリッド」


 その通りだ。だからこの場合、ネビルとドラコがハグリッドとペアを組むべきなんだけど、公平なんて知らないぜ! とハグリッドとはハリーたちが組むんだよなぁ。


「僕は森には行かない」


 ドラコが震える声で言った。


「ホグワーツに残りたいのなら行かねばならん」

「でも、森に行くのは召使がすることだよ。生徒にさせることじゃない。同じ文章を何百回も書き取りするとか、そんな罰だと思っていた。もし僕がこんなことをするってパパが知ったら、きっと……」


 ドラコが怒られるんだろうね。原作でも、ハーマイオニーに成績で負けたこと、怒られたもんね。


「きっと、これがホグワーツの流儀だって、そう言い聞かせるだろうよ。――書き取りだって? へっ! それが何の役に立つ? 役に立つことをしろ、さもなきゃ退学しろ。おまえさんの父さんが、おまえが追い出された方がましだって言うんなら、さっさと城に戻って荷物をまとめろ。さあ行け!」


 ノーバートの恨みでもぶつけてるんじゃなかろうか。書き取りは書き取りで嫌になるくらい同じ文面を書けば罰になるだろうし、それに危険な時代だとか何だとか言ってるってのにどうして森に行かせるのかがさっぱり分からん。夜中に徘徊してた罰として夜中に徘徊させるのはどうよ。

 二手に分かれた後、ドラコは私の顔が見えなくて不安だからか、私の名前を呼んだ。まぁ一緒にいるのはネビルだし、出て悪いことなんてないから平気だけど。


「レイノ――レイノ、いるんだろう?」


 確信してるって言うより嘆願っぽかった。よっぽど恐いのね、ドラちゃんってば。


「はいはい、いますよ」

「――ヒ!? レイノ!?」


 突然現れた私にネビルが肩を大げさすぎるくらい揺らした。お化けだと思われても仕方ないけど、ネビルは怖がりすぎだよ。


「やっほ、ネビル。私が来たからにはもう大丈夫」


 四次元ポケットは持ってないけど、二十数年分の経験と実績がありますので。


「さて、二人ともちゃんと杖を構えて、私の後ろに着いてきてね」


 二人がまっすぐ杖を構えたのを見て、私は先頭に立った。もしかしたら原作みたいにヴォルディーとは会わないかもなぁ。どーだろ。ハグリッドとハリーたちがご対面なんてこともあり得るよね。


「ど、どうしていきなり現れたの、レイノ? 姿あ、現し?」

「姿現しはホグワーツ内じゃあ出来ない。そんなことも知らないのか、ロングボトム?」

「こらドラちゃん喧嘩しないの。姿現ししたんじゃなくて、元々隠れて着いてきてたんだよ。ハグリッドがいたら追い返されちゃうかもしれないけどネビルとファングだけだし、隠れてる必要ないからさ」


 ファングがよだれを垂らしながらハッハッ言ってすり寄ってくるのを避けた。よだれまみれにされちゃ敵わん。


「狼男のことは、問題を起こす前に考えとくべきだったねぇ?」


 ガタブルと震えだしたドラコの肩を叩いて、背伸びして耳打ちする。


「ま、安心したまえ。私がついてるんだ、恐いことがあるわけないでしょ?」


 ヴォルディーとご対面するけど。

 震えの止まったドラコに騙してるって言う罪悪感は――あんまり感じなかった。だって仕方ないじゃん。

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