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何故かどんどんと増していく人混みに首を傾げる。これからお昼時だっていうのに、どうしてこうも人が多いんだろ……?
その理由は本屋に着いてすぐに分かった。横断幕にはイタリック体の流美な書体で『サイン会――ギルデロイ・ロックハート』云々と書かれていた。そして顔写真も垂れ下がってる。写真ながらもウィンクしたり歯をキラリと輝かせたりと忙しそうだ。キメェ。
開始時刻がもうすぐだからだろう、妙齢の奥様たちがそこのけそこのけと店内に入ろうとしてる。うげ……。この人混みじゃセブに見つけてもらうのは大変だし、私もセブを見つけられる自信がない。というわけで正面のお店のショウウィンドウにもたれ掛かって人の波が落ち着くのを待つことにする。
確か、店の前でルッシーとアーサー叔父さんのみっともないつかみ合いがされるはず。ルッシーだけならともかくとして、ウィーズリー家と関わり合いになる可能性が高い渦中にいたくない。学校でも必死に双子から逃げてるんだからね!
聞こえてくる拍手と歓声。きっと店内じゃハリーがロックハートに拘束されて半笑いな写真を量産してるところだろう。――そして、爆発したかのような拍手が起きた。歯磨き粉のCMみたいな笑顔のロックハートが、写真の中で花吹雪を起こしていた。気色悪い。
セブはまだかなぁ。先に漏れ鍋で食べてから教科書を買った方が良いかもしれない。まだマダムの波は終わりそうにないし、本屋で人混みと格闘して一時間過ごすよりもゆったりと昼食で一時間休む方が有意義だ。
店内から大鍋の落ちる音と本棚が崩れる音が聞こえてきた。みっともない闘いが繰り広げられてるんだろう、私には関係ないけど。
――と、思ってたら。
二人はとても原始的な方法で喧嘩したまま、店員に転がされて店の外へと出てきた。ドラコが父上格好良いと歓声を上げている。
くたびれた中年アーサー叔父さんと上流階級らしい見た目と雰囲気のルッシーの喧嘩なら、野次馬がどっちを応援するか――ルッシーだ。観客がほぼ女性となれば美男を応援するに決まってるよね。
店員はもう店内じゃなくなったからか我関せずと店に戻り、悲鳴を上げる赤毛でふくよかな奥さん――ウィーズリー夫人かな?――と応援する赤毛の双子、観戦するハリーたち。はっきり言って人様の迷惑であること限りない。
喧嘩は止まりそうにないし、誰か止めないと。周囲を見る……誰も止めそうにない。気概のない奴ばっかりか。
店と店の隙間に引っ込む――喧嘩に夢中で誰も私に気づいてないに違いない。鞄を縮小してポケットに突っ込み、杖を手の中で一回転。子供の私は無理でも大人の私なら大丈夫。家から毛がぬけ〜るNEOを呼び寄せて、観戦に夢中な野次馬の荒波に飛び込んだ。
「その喧嘩、そこまで!」
とあるデブの――あー、今のなし。ふくよかな奥さんの背中を踏んで、じゃなかった、借りて飛び上がり、二人の醜い中年のすぐ横に着地する。
「小早川教授!」
その声を上げたのはルッシーだったかドラコだっか。ドラコとハリー、ハーマイオニーは目を輝かせ、ルッシーとアーサーは顔面蒼白になって私を見やった。
「二人ともなにみっともない喧嘩してるのさ? そんなに元気があるなら新薬の実験台にするよ」
「ヒッ!」
「それだけは許してください教授! するならこの男だけで!」
ルッシーがアーサーを指さした。アーサーはそれに食ってかかる。擦り付け合いは一番醜い争いだってこと、分かってるんだろうか。
「何を! お前が実験台になれば良いだろう!? 大好きな教授のすることなら受け入れろ!」
「私は被献体ではなく研究者の方なのでね! 体力だけは有り余っている君が最適だ」
「何をぅ、やるか貴様! この蝙蝠野郎!」
「私のどこが蝙蝠だ、この魔法使いの面汚し!」
今度こそ杖を取り出して喧嘩を始めた二人にため息がでる。喧嘩を止めにきたはずなのに悪化してどうする。
拡声魔法を喉にかける。そして息を吸い込み――
「往来で喧嘩なんて大人げないことして、親御さんの顔が見てみたい! アブラクサスの顔は見たことあるけど!」
そう怒鳴りつけた。
「うわぁ耳がぁぁ! だが教授節は懐かしいな……耳たこだが」
「お天道様が見てる、マリア様が見てる、お釈迦様も見てる。聞くからにプライヴェートがなさそうな説教」
「夜に爪切るなとか口笛吹くなとか食べてすぐ寝転がるなとか、教授は私の母ちゃんか」
耳をふさぎながらうなだれて愚痴る二人を見てて思ったんだけど、この二人って案外仲良くできそうだね。相性が良さそうだ。ってか、私ってそんな説教するタイプだったっけ? お天道様が見てるとかマリ見てとか釈迦見てはネタだから言うだろうけど、うーん?
「喧嘩両成敗! 疑わしきは厳罰せよとは、昔の人は良いことを言いました」
「そんな格言聞いた覚えないぞ」
「馬鹿、口答えするな」
二人に正座させれば、周囲から拍手があがった。日刊予言者新聞がさっきからせわしなくフラッシュを焚いている。やったね二人とも、明日の第一面は君たちの土下座で決まりだよ!
「んじゃあ、二人とも仲良く頭を丸めよっか! 期間は一月で良いよね。大丈夫だよ、副作用なんてないから」
顔を真っ青にしたルッシーを庇って、勇気あるドラコが私の前に身を滑り込ませた。
「おっ、お待ちください教授! あ、頭を丸めるとはどういうことですかっ!? もしや、し、死んだりなど!」
「ドラコ、君は優しくて良い子だね。痛くもないし死んだりなんてしないよ。ただちょっと……一ヶ月間スキンヘッドになるだけだから」
ヒッピーの中にはスキンヘッド格好良いとか禿と髭の組み合わせスーパーミラクルナイスとか思ってる人もいるから問題ないよ! スゲーという双子の歓声が聞こえる。もっと誉めて良いのよ?
アーサーは天辺ハゲ気味の頭部を真っ青な顔で押さえ、ルッシーは一つにまとめた長髪を握りしめて震えた。
「お待ちなさい!」
そんな時、普通の呪文じゃない、やけにピンクピンクした色の魔法が店内から伸びた。慌ててみんなを庇う位置に移って魔法を上に逸らす。空で変な色の花火があがった。見たことない魔法なんだけど……あれが直撃してたらどうなってたことやら。
「喧嘩はいけませんよ、喧嘩は。どうやら何事もなく済んだようですが……私の人徳のお陰でしょうね!」
歯をキラリと輝かせながら現れたのは、ロックハートだった。説教に割り込んだという意識はないらしい。
「ミスター、さっきの魔法は?」
私は内心のムカつきを抑えながら訊ねたんだけど、期待したのが馬鹿だった。
「お二人の喧嘩を止めなければと思いまして、少々」
自己陶酔ここに極まれりといった様子で髪をかきあげるロックハート。砂を吐きそうだ。
「あいにく今は説教中でした。ただの邪魔にしかならなかったんですがね。それと、喧嘩を止めるには火力は必要ないはずですが? どうやらミスターの杖は不調のようですから、一度杖屋で調べて頂いたらいかがかと」
「おや、心配してくださるのですかレディー。ですが大丈夫です。私の杖に問題はありません」
杖に問題がないなら本人に問題があるんだろうよ、という皮肉は飲み込んだ。
「ところで、お名前を伺ってもよろしいでしょうか、美しいレディー。私はご存じの通り、ギルデロイ・ロックハートと申します。勲三等マーリン勲章、闇の力に対する防衛術連盟名誉会員、『週間魔女』五回連続チャーミングスマイル賞受賞」
「どこの無粋な輩かと思えば、歯ブラシと歯磨き粉が似合う喜劇作家のロックハート氏でしたか。私は鈴緒。鈴緒・小早川」
周囲でどよめきが広がった。夏休みの間に調べたところによれば、私はかなり高名な魔法薬学者だそうだ。十年間ホグワーツで魔法薬学と闇の魔術に対する防衛術を受け持ったらしい。先ず老齢のスラグホーン教授のサポートとして入り、千九百八十九年まで教鞭を取っていたという。一体いつ親世代に飛ばされるのかは分かんないけど、十年くらい向こうにいるってことは分かっただけ良かった。
握手のために差し出された手を無視し、まるで駄目な中年二人に向き直る。
「二人とも、今日はここらへんで勘弁してあげる。私が広い心を持っていたことを感謝しなさいよ」
「もちろんです教授」
「ありがとうございます教授」
二人は瞬時に立ち上がって、それぞれの息子娘を抱えて逃げていった。ウィーズリーの双子だけは父親の腕の中で『小早川教授に弟子入りするんだ、離してよパパ!』と暴れてたけど。あんな弟子はいらないから持って帰っちゃって欲しい。
二人が逃げた後、私をマダム達が取り囲んだ。
「Miss.小早川! そのいつまでも若々しい肌の秘訣を教えてください!」
「もう六十五歳だなんて、見えないわ!!」
そりゃ見えないだろうよ、これ三十代の時の姿だし……。
迫り来るマダムの波からほうほうの体で逃げ、薬草の整理のせいで遅れたセブと合流した時にはもう一時半を過ぎていた。お腹減った……。
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2と3合わせて6000文字超えた(汗)
2012/04/07