Star Dust






 鞄の中はすっからかんだけどお財布の中はみっちり詰まっている。今日の買い物は量が多いのだ。どうしてもセブは薬学関係の店がメインで、時間もそこで取られる。一緒に来たと言ってもほぼ別行動なんだよね。寂しいけど、レイノちゃんは偉い子だから文句なんて言わないのさ!


「羽毛のおやつ羽毛のおやつ……ジュルリ、美味しそう」


 羽毛のおやつ用のクッキーを梟百貨店で吟味する。しようと思えば味見もさせてくれる良いお店だよ、味見するのは羽毛じゃなくて私だけど。


「もっとこう、素材のうまみを生かしたザックリザクって感じのクッキーはないの?」

「んー、そんなのはないわねぇ」


 人間が食べるわけじゃありませんし、と店の奥さんは苦笑いしている。私が好んで食べてると言ったらどんな顔をするだろうか……言わないけど。


「んじゃあ、このクッキーを十キログラム下さい」

「じゅ、十キロも買うの?」

「はい」


 保存の魔法なら自分でかけられるし、梟便だと手数料や梱包材とかの料金が入っちゃって高いのだ。だから学校に行く前に買い込んでおいた方が安いってこと。

 軽量の魔法と縮小の魔法をかければ手乗りサイズ――本当は魔法使っちゃいけないんだけど、こういう場所だからおばちゃんたちも仕方ないなみたいな目で見てる。よっぽど人の迷惑になる魔法を使わない限り大人も見て見ぬ振りしてくれるのだ。まあ、私は魔法省にバレないように細工してるけど。


「そういや、あのいっぺんにたくさん買っていく彼女はどうしたのかね」

「国内にいたらこの店に来るだろうし……大陸に引っ越したんじゃないかい?」


 おばちゃんは私の頭をグリグリと撫で、おまけと称して梟の蚤取り薬をくれた。そして何かをふと思い出したように口を開いた。梟に餌をあげていたもう一人の店員はこっちを振り返ることもなくそう返す。


「有り難うございました」

「良いのよ、また来てね」


 薬も鞄につっこんで店を出た私の耳に「もう何年になるんだろうかね」「細かい年数は分からないけど十数年にはなるんじゃないかい」という会話が聞こえた。

 それからは一番邪魔だけどすぐに済む教科書の購入を残して羊皮紙とかの消耗品を買った。一応学内にも売店があるけどレポートの時期になると売り切れる。多くて困ることはないから私はいつも多めに買ってて、去年はパンジーに一メートルほど譲った。……その分の代金はちゃんと徴収しましたともよ? 友達価格で九掛けだけど。

 杖を使ってセブを探した――杖が倒れた方向に歩けばたいがい見つかるけど。まさに魔法の杖だよね。


「移動してなかったのか」


 杖の指し示す方向へ歩けば、今朝の九時頃にセブと別れた薬草問屋があった。古いせいか擦り硝子みたいになってるショウウィンドウを覗くと、中ではセブがカウンターで薬草の取引をしてた。ホグワーツには禁じられた森っていう薬草の宝庫があるけど、実は幻獣同士の縄張りの関係で、限られた期間に限られた場所しか人間の出入りを許可されてない。だから秘密の部屋をリドルンが開いちゃった当時、アラゴグが死の森に住み着いたのは禁じられた森では問題になった。でも、だからって言って私がハグリッドの代わりにケンタウルスたちから文句言われたのは理不尽。文句を言うくらいなら他の土地を紹介してやれば良かったのに。

 閑話休題。まあ、そういう原因があるせいで、ホグワーツにいるからって言っても薬草はそう簡単に手に入らない。経費で落ちるとはいえ安く手に入れたいのが人の心ってもので、セブは店員と怒鳴りあってる。別れてから三時間近く過ぎてるけど飽きないのかな。


「あと五クヌート下げられるだろう!」

「馬鹿言うな、もうこれ以上値下げすることはできん!」


 扉に付いた鈴が澄んだ音を響かせて私の入店を告げるというのに店員はセブとの交渉に夢中で気付く様子がない。

 問屋の中は薬草の劣化を防ぐためか薄暗く、天井からぶら下げられたり瓶の中に密封されていたりと多種多様な保存をされて置かれている。

 二角獣の角の粉末と毒ツルヘビの皮を見つけてしょっぱい気分になる。今のうちに買っておくとか――特殊な材料を、何のために買うのか疑われるに違いないのに? 止めよう。変に思われる要素を増やしても自分の首を絞めるだけだし。

 それよりも今生産中の毛がぬけ〜るNEOのためにお金を使った方がよっぽどマシだよね。『たった一振りで驚きの効果が! 無毛期間は十二時間・三日・一週間・一ヶ月の四種類からお選び下さい』っていうのを売り文句の予定。まだゾンコのいたずら専門店に売りつけに行ってないけど、出したら絶対売れるね。

 実はぬけ〜るシリーズで『気がぬけ〜る』ってのも構想中で、ビールや炭酸水に一滴入れたら発泡性がなくなるっていうものを考えてる。コーラから気が抜けたらただの黒くて甘い水でしかない……あの裏切られた感は半端ない。


「くっ、三クヌートでどうだ」

「いーや、二クヌートだ」

「一クヌートくらい良いだろうが」

「それを言うならあんたこそ一クヌートでガタガタ抜かすな」


 セブと店員があんまり上品じゃない口論をしてるのは聞こえてないことにしよう。

 あ、ムラサキの根。これって何かに使えるの? 染料だってことしか知らないよ。ユリ根も食べる用途しか知らないけどこれって何に使うわけ? 少なくとも私が研究していた魔法薬ではユリ根なんて一度も使わなかったからさっぱり……あ、育ててから葉っぱとか花を使うのかも。それなら分かる。なるほど。


「ほら、五十七ガリオン九シックル三クヌートだ」

「あんたが来る度赤字ギリギリになるこっちの身にもなれってんだ……あいよ、ちょうどだな」


 セブは舌打ちしながら代金を払い、新聞に包まれた薬草を受け取ってやっとこっちを向いた。


「レイノ……いたのか」

「うん」


 セブは自分が繰り広げた悪口の応酬を思い出してか、少し顔をしかめた。子供の教育に悪そうなこといっぱい言ってたもんね! でも大丈夫だよセブ、悪口のバリエーションならそこらの人間には負けないくらいあるから!


「あとは教科書を買えば終わりだよ」

「なら本屋だな」


 今月の家計は火の車だと嘆いてる店員に手を振って店を出る。セブの両腕には大量の薬草が自己主張してて、流石に持ち歩くのは危険だということで一度帰ることにした。私は先に本屋で教科書を見繕い、セブは薬草を貯蔵庫に仕舞ってからまたこっちに戻ってくるそうだ。教科書を買ったらお昼ご飯は漏れ鍋で外食の予定。

 私の荷物は縮小と軽量化をかけているからわざわざもって帰ってもらう必要はない。いったん帰るセブに手を振り、フローリシュ&ブロッツ書店へ足を向けた。




+++++++++
 長かったので分割!
2012/04/07

- 58 -


[*pre] | [nex#]

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -