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永遠に新学期なんざ来なくて良いのにと思ったけど新学期だ。スリザリンチームの虎の子扱いな私はあのグリフィンドールとの試合まで秘密にされてきたが、もうみんな知ってるから周囲の目が痛いのなんの。天才だとかなんだとか騒がれてるけど、ウザい。他の寮の生徒からは「何で自分の寮に入ってくれなかったんだ」という少しの非難と羨望の混じった目で、蛇寮生からは誇らしげに――ええっと、幼い子供を愛でるような目で見られている。
積み重ねてきた経験でいえば、あんたらの祖母ちゃんと同い年くらいなんだぞ、私。転生前の二十年近く、転生後の十一年、ヴォルディーと一緒に二十年。ほら、簡単な足し算ですよー。孫がいてもおかしくないよー。内容が無いよー。……寒っ。
新学期が始まったし、私は寮に帰ってきた。宿題を一つド忘れしていたアメリアと一緒に談話室の机を囲む。周囲からの生ぬるい視線で背中がかゆい。
「ふふん。レイノはスリザリンの誇りだな!」
視線の意味に気付いたんだろう、ドラコが自慢そうに胸を張った。我が身のように喜んでくれるドラコが大好きだ――ハゲて欲しいのと同じくらい。
「ええ。休暇前の試合なんて、レイノは大活躍だったものね」
アメリアの両手が湯気立ち上るティーカップを包みこむ。温めないと、指先がかじかんでペン先が震えちゃうのだ。
「まあ、私にとっちゃ赤子の手を捻るようだったな」
謙遜しても褒め殺し攻撃が来ると分かってるから、認めた。実際そう思ったしね。
「レイノってば凄かったわ……。ブラッジャーをあんなに上手く打つ人なんて私、初めて見たわ」
パンジーが感心したように言った。
実際のところ、スリザリンチームはそんなに弱くない。他の寮のチームを弱いと嘲笑えるほどに強いのだ。それに、寮杯をクィディッチの点数だけで取っているはずもなし、頭の良い奴だって揃ってる。原作を読めばもっと分かりやすいだろうが、スリザリンはハリーの奪った百五十点と同じだけの点数を勉強で稼ぎだしているのだ。
「私だけの力じゃないよ。キャプテンのフリントも――ちょっと暴力的で粗野な部分さえなけりゃパワーのある良い選手だし、他の選手だって脳みそ筋肉族だけど悪かない」
「貶してるのか褒めてるのか……」
ドラコが微妙そうに眉間を狭めた。
「褒めてるに決まってるじゃん。超褒めてるよ。これ以上ない讃辞だね」
指先が温まったらしいアメリアが羽ペンの先をインクに浸している。
「まあ、頭が悪そうだっていうのは否定できないわね」
パンジーが周囲を見回した。談話室には選手になれなかった筋肉族が一人二人いる。そして身近には百味ビーンズを漁るクラッブとゴイルがいた。
「近くにも二人いることだし」
胃袋マンホールは自分たちが貶されてると分かってんだか分かってないんだか、見る間に一箱空ける。
「パンジーもたいがい失礼だね。人のこと言えた口じゃないけど」
「お互いさまよ? 私、いっつもこいつらは奇麗じゃないって思ってるんだもの」
「さようですか……」
アメリアが真面目に宿題を始めたから黙ることにした。付き合い始めて早三か月とちょっと。パンジーの口が悪いことを知りました。
クリスマス休暇が明け、ハーマイオニーが帰ってきた。ハリーはロンにも言ったこと――ダンブルドアが「英雄は二人いてはいけない」と言ったことを話した。
ハリーは手の中のティーカップを弄りながら呟く。
「英雄って誰のことを言ってるんだろう?」
ニコラス・フラメルも大事だが、どうもこの言葉が引っ掛かってならなかった。
「ダンブルドアとか、歴史でいえばマーリンとか?」
ロンが頭を捻っている。眉間に皺が寄って、スネイプみたいな谷になっていた。悩んで答えが出なかったからか、そのままソファーに倒れ込んでしまった。
「なら、ハリーも英雄よ」
ハーマイオニーの言葉に二人は目を丸くした。ロンも体を起こす。
「何でそんな目をしてるのよ。ハリーは魔法界の英雄だわ。だって例のあの人を倒したのよ?」
ハリーはそういえば自分は英雄だと思われていることを思い出す。最近好奇の目が向けられなくなっているためか、すっかり忘れていたのだ。
「なら、英雄は二人いらないってどういうことだい? ハリーにダンブルドア、英雄なんてとっくに二人いるじゃないか」
ハリーを指差し言うロンに失礼よとハーマイオニーが片眉を上げる。
「きっとそういう意味で言ったんじゃないんだわ。レイノはハリーのお母さんにそっくりなんでしょう? だったらハリーと血が繋がってる可能性が高いわ。もしかしたら兄弟かも」
それにはロンが頭を横に振った。
「それはないよ。ハリーのパパとママはグリフィンドールだっていうし。スネイプがどうして引き取るっていうんだよ」
「それは――うーん」
「もしレイノ・スネイプがハリーの兄弟だとするよ? 憎いグリフィンドール生の娘を可愛がるはずがないじゃないか」
悩むハーマイオニー。ハリーもどこかでハーマイオニーに賛成したい気持ちがあったが、ロンのいうことも筋が通っており否定しきれずにいる。
「英雄――この意味さえ分かればなぁ」
ハリーは溜息を吐いた。
「レイノ……」
母親そっくりの少女を思い浮かべて、ハリーは強く目を閉じた。
まさかそれが真実とはつゆ知らず、ハーマイオニーの仮説は却下されたのだった。