Star Dust






 恐怖でハリーの顔は引き攣った。鏡越しでないと見えないゴーズトがこの部屋にたくさんいるのだろうか? 視線が背後と鏡を往復する。

 そして、気づいた。どうやってこの部屋に辿り着いたのかなどハリーの頭からは瞬時に吹き飛んだ。何故ならば鏡面の向こうの影はきっと彼の両親で――彼に向って微笑んでくれているのだから。


「母さん?……父さん?」


 自分そっくりに膝小僧か飛び出している老人、同じ目や鼻を持った女性男性……ハリーはこれが自分の家族の姿だと確信した。

 鏡の中の女性をまじまじと見る――誰かに似ている。燃えるような赤い髪、優しく笑んだその女性は。


「レイノ……?」


 ハリーの口からぽろりとその名は零れた。あまりにハリーの母親と、レイノはそっくりすぎたからだ。レイノの瞳をハシバミ色じゃなくて緑にすれば、この女性を縮めた姿になるだろう。――ハシバミ色。ハリーは父親を見上げた。ハシバミ色の瞳、自分とそっくりな男。

 ハリーの心に、ぼんやりとした疑問が生まれた。レイノは、僕と、何らかの関係性――血縁があるのでは? と。でもなければここまで母さんに似ているはずがないじゃないか。父さんと同じ目をしてるはずないじゃないか。妹? でも、妹だと言うなら下の学年に入るはずだし、スネイプみたいな陰険スリザリン寮の寮監の子供だっていうのはおかしい。父さんも母さんもグリフィンドール出身だって聞いたんだから――

 情報が少なすぎて、ハリーはこれが正しいと言いきれる答えを出せなかった。遠くからの物音に正気付くまで、ハリーは鏡を見つめながら悩み続けていた。

 ロンに止められたのを振りきり、ハリーはみぞの鏡を見にきた。この鏡さえ見ていれば幸せでいられるような、不思議な浮遊感――酩酊感というのだろうか?――を感じていた。





「ハリー、また来たのかい?」


 ぼんやりと、でも食い入るように鏡面を見つめるハリーの背後から声。そこにはよりにもよって、ホグワーツ校長、アルバス・ダンブルドアが机に腰掛けて、いた。


「ぼ、僕、気がつきませんでした」


 背筋が凍る思いとはこういうことを言うのだろう、とハリーは確信した。今度こそ退学、という言葉と、そうなれば鏡と離れ離れになってしまうだろうことが不安を煽る。


「透明になると、不思議にずいぶん近眼になるんじゃのう」


 微笑みながらそう言うダンブルドアに安堵する。どうやら退学にはならないですむようだ。でも、どうしてダンブルドアがここに?

 ダンブルドアはハリーの横に座る。


「君だけじゃない。何百人も君と同じように、『みぞの鏡』の虜になった」


 ダンブルドアは終始穏やかにハリーに説明した。心の奥底にある、真の望みを映し出す鏡。だがそれはガラス一枚隔てた向こうにしかなく、決して手の届かない夢想……。


「あの……ダンブルドア先生、質問してよろしいですか?」

「良いとも。今のもすでに質問だったしね。でも、もう一つ――いや、もしかしたら二つだけ、質問を許そう」


 微笑むダンブルドアに促される。


「僕の家族は――母さんは、レイノ……レイノ・スネイプとそっくりです。瞳の色は父さんと一緒で。レイノは僕の両親と、どんな関係があるんですか?」


 鏡に映し出される女性は何度見ても、いや、見れば見るほどレイノと瓜二つなのだ。


「ハリーや。それはすまないが、わしの口からは教えられんことなのじゃ。自分の心を信じなさい、そうすれば真実に辿りつけるはずじゃ」


 ダンブルドアはやんわりと断った。ハリーは憮然とする。


「どうしてですか? どう見たって、誰が見たって母さんとレイノは」

「ハリー。よく聞くんじゃ」


 ダンブルドアに掴みかかるようにして訊ねたが、老人は目を細めつつ宥めるように言う。


「英雄というものは、二つあっては人が惑う――それがわしの言える全てじゃ」

「英雄……?」

「さあ、もう一つ質問があるのではないかのう?」


 自分の枕を占領するスキャバーズを払いのけつつ、ハリーはさっきのことを考えていた。教えてくれなかったダンブルドア。でも、ヒントを残してくれた。


『二人の英雄はいらない』


 ――……それが示す意味は、一体何なのだろうか?

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