Star Dust






 ハーマイオニーはやはり、と納得して息をのんだ。スネイプが――教師の方のスネイプだ――ハリーの箒に呪いをかけている。


「スネイプよ……見てごらんなさい」


 ロンがフィールド内を探したのを「馬鹿ね、教師席のよ!」と誘導し、ベッタリとした黒髪の男が上空を見つめ何やら呟いているのを確認させた。


「何かしてる――箒に呪いをかけてる」


 ハーマイオニーは確信していた。元々ハリーを目の敵にしているスネイプなのだ、これを機会に殺そうとしているに違いない!


「僕たち、どうすりゃ良いんだ?」


 怒りのこもった、だが情けないロンの声に彼女は自分の胸を示した。


「私に任せて」


 ハーマイオニーは、スネイプにハリーを殺させなどしないと決心した。もし後からこれがバレて――たとえば退学にされたとしても、友人の命を守るためしたことだからと胸を張ってホグワーツ特急に乗りこめる自信があった。

 教師席の狭い通路を走り抜ける。途中クィレルにぶつかり前の席に落としたが、そんなことを気にしている余裕などない。人命と擦りむき傷、どっちが大事だと言われれば前者だ。

 スネイプの黒いマントの裾に火を灯す。青い炎はスネイプの注意を拡散させるには十分で、教師席が騒然としたのを背中にハーマイオニーは再び駆けだした。今度は逃げるために。





「スネイプだったんだよ」


 ハリーはロンの説明に頷いた。自分は見ていないけれど、二人が言うなら信じられる。


「ハーマイオニーも僕も見たんだ。君の箒にブツブツ呪いをかけていた。ずっと君から目を離さずにね」


 そう話すロンに、ハグリッドは『バカな』と否定の声を上げる。


「なんでスネイプがそんなことをする必要があるんだ? レイノはハリーの……」

「違うわハグリッド、父親の方よ」


 ハグリッドはまた何か重要なことを言いかけ、ブルブルと頭を振ってこれ以上言うのを避けた。ハーマイオニーが訂正する。


「それでもだ。スネイプがするはずがねえ」


 ハリーたちは顔を見合わせた。これをハグリッドに言って、果たして良いことだろうか?


「僕、スネイプについて知ってることがあるんだ。あいつ、ハロウィーンの日、三頭犬の裏をかこうとして噛まれたんだよ。何か知らないけど、あの犬が守ってるものをスネイプが盗ろうとしたんじゃないかと思うんだ」


 言おうと決め、クィディッチ今昔を取り返しに行った時に知ったことを説明した。ハグリッドの手からティーポットが落ちる。紅茶の染みがテーブルに広がり、熱湯に近い紅茶がかかったロンが「熱っ」と手を引っ込めた。


「なんでフラッフィーを知ってるんだ?」

「フラッフィー?」


 何の名前と考えれば、あの犬の名前しかない。


「そう、あいつの名前だ――去年パブで会ったギリシャ人のやつから買ったんだ――俺がダンブルドアに貸した。守るため……」

「何を?」

「もう、これ以上聞かんでくれ。重大秘密なんだ、これは」


 でもその後、ハグリッドはニコラス・フラメルの名前をポロリと話した。ハグリッドは長時間一緒にいれば、どんな秘密事も自ら晒してしまうな、とハリーは少し哀れに思った。





 試合を終え、御馳走を用意したんだと騒ぐアメリアたちからほうほうの体で逃げ出した。あんなの食ったら吐くに決まってるだろ。

 薬品の匂いで満たされた室内で丸くなる。


「凍りついて死にそう……」


 まだ暖かいうちには楽々できた就寝前のセブ訪問も、寒くなってくると道のりが苦痛だ。保温魔法があるからそれをローブにかけているんだが、隙間から忍び込む雪の女王が色々と凍らせてくれるせいで、やる気や元気もクールダウンだ。ダウンして良いのはデコリーンズの生え際だけだよ。


「レイノ、来い」


 レポートの採点してる様子を椅子に座り膝を抱えて見ていた私をセブが手招きした。ううう、動くとローブの隙間から冷気が……! もぞもぞと動いてセブに寄った。足の間に座り、丸まる。


「暖かいー」


 このシチュエーションにも心がホットになりました。うへへ。


「今何年生の採点してんの――五年生か」


 これ、懐かしいなぁ。ほっほう笑いの二足歩行のトドが良く分らん説明をしたせいで皆が試験で間違えた範囲だ。もちろん私とヴォルディーは正解したけど。私は予習知識があったし、ヴォルディーはあのジジイの解説を信頼してなかったから自分で調べてたしね。


「分かるのか」

「うん。セブがいない時はずっと本読んでたからさ。これ五年生の教科書に載ってたよね」


 家にあんまりセブがいなくて良かったと思う。私、ニヤニヤ笑いながら魔法の勉強してたから。憧れのハリポタワールドで魔法のお勉強だなんて喜ばない方がおかしい!


「ふむ、ではこれは分かるか?」

「これはこの薬草が十七グラム足りないね。十三と三十の書き間違いだろうけど、これじゃあ失敗か、できても胃を溶かすよ」


 つまり使い物にならない。飲むな危険!


「では次はこれだ」

「右に二回、左に一回半でしょ。鍋は銅製じゃなくて錫製にしなくちゃ」


 いつの間にかレポートの採点を手伝うことになっている。あれおかしいな、どこで間違った。


「そう言えばレイノ、今日は紅茶を淹れてくれないのか?」


 セブが聞いてきた。あれからセブは水出し紅茶がお気に入りらしい。今まで不味いのを飲ませすぎたからかもしれんな……。セブごめん。本当にごめん。


「持ってきてるよ。後で温めよう――ところでさ」


 私は体を捻ってセブと目を合わせた。セブの暗い目が私を見つめ返す。


「セブ、私に言ってないことあるでしょ」


 セブの瞳が揺れた。いくら閉心術を会得していたとしても、こういう小さな変化までは隠しきれていないんだ。


「セブ、前から足引きずってるでしょ。それも、ちゃんとした治療もせずに放ってる。違う?」


 セブが目を背けた、それが答えだった。セブが言うのを待とうって、見て見ぬふりをするのも嫌になったんだ。今日は火傷まで追加されちゃって、私はもう我慢できんよ。


「セブ。家族なんだから、秘密にしないで……心配なんだよ」

「レイノ……」


 罰が悪そうに顔をしかめるセブの足の間からスルリと降りた。ポッピーに言えない理由も分らんではないんだ、自分こそ薬のエキスパートだという自負があるからだろうってね。でも、ポッピーは治療のエキスパートなんだってことを忘れちゃいけないよ。セブは作る側なんであって、使って治療する側ではないんだから。


「ね、医務室に行こう。セブ」


 今の私じゃあセブのための薬を調合できる環境がない。だからせめて、医務室で治療されてよ。

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