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苛々した様子のドラコに私は何も言わずにいた。だって私も鬱々としてるんだモン、仕方ないよ。
寮の談話室のソファーに腰かけ、冷めた紅茶を啜る。
「ポッターめ、忌々しい……差別だこれは……」
親指の爪を噛むドラコ。せっかくの爪の形が悪くなるから止めなさい。
「どうしてポッターは選手になるわけ? レイノだってロングボトムを拾ったわ!」
パンジーがキイイ、とハンカチを噛む。ハンカチがもったいないよパンジー。『救った』んじゃなくて『拾った』って表現するあたりネビルに人格を認めてねーな。ところでアメリアが妙に大人しい――『この呪文がスゴイ!怨み晴らし編』。……アメリアはアメリアだった。
「――そうだ、レイノだ!」
いきなりドラコが立ち上がった。私がどうかしたかい? なんだか面倒事な気がするけど、気のせいだよね?
「どうしたの、ドラコ」
アメリアはその声から何か感じたのやら――私は分からんかった――本から目を上げた。
「レイノだって飛行が上手い! レイノ、両手を離して飛べるなら君はビーターだ!」
えー、面倒なんですけどー。練習ダルいし、今のスリザリンチームってば体毛も濃いゴリラの集団じゃないか。やだよ、野生に帰るつもりないよ。
「そうだわ」
アメリアが大きく頷いた。えっ、ちょっアメリアさん?
「レイノなら出来るわ、良かったわねレイノ!」
パンジーに応援された。いや、困りますから。ハリーに向かってブラッジャーを打つのに罪悪感があるわけじゃないよ? あるわきゃねーよハハハ! ただ、ウィーズリーの双子が面倒なんだよ。今のところ遭遇せずに済んでるのは一重に私の血と汗と涙の結晶と言えるんだよ。止めてよ接点増やすなよ。
会いたくないんだよ、会ったらってか遭ったらいたずらに巻き込まれること確実だもん。『君、スネイプの娘なんだって?』『ジョージ、Miss.スネイプの入学を祝ってあげようじゃないか!』『ああフレッド! これは僕たちの歓迎の気持ちさ! 受け取って!』とかそんな言葉とともに、彼らの迷惑極まりないいたずらの被害を受けることになるに違いない。
想像がついて溜息を吐く。ビーターになりたくない。なった場合のリスクが高すぎる。
「さっそくスネイプ先生に言ってくる。パンジー、君もくるかい?」
「行くわ。じゃあ、レイノ、楽しみにしててね?」
「えっちょっ!?」
私の返事も聞かず、二人は談話室を出て行ってしまった。伸ばした手は空中をさまよう。どうしよう。凄く、断りたい。でも行っちゃった。もし追いかけたとしても話を聞いてくれそうにない。なんてことだ、逃げ道がない。
「どうしたの? レイノ。もしかしてクィディッチに興味無いの?」
もったいない、面白いのに、と言うアメリアに否定の意味で首を振った。
「双子のウィーズリー。グリフィンドールのビーターと知り合いたくないんだ」
ウィーズリー家の双子はスリザリン寮でも有名だ。なにしろあのフィルチを毎日のようにおちょくって悪戯しているんだから、嫌でも噂が耳に入ってくる。まだ入学して二週間足らずの私たちの耳にも彼らの名前は届いているし――その被害者としてロックオンされでもしたらこれからの生活は薔薇色どころか灰色だ。せっかくセブと毎日いられるっていうのに!
「なるほど。でも、諦めて? グリフィンドールだけに例外なんて作らせないわ」
つまり私は犠牲の子羊ですか。ツンはいらないからデレが欲しいですアメリアさん。かたつむりっぽい貴女はどこへ行ったんでしょうか。それともアレは猫かぶりだったんでしょうか。気付けなかった私って。猫かぶり歴は私の方が長いんだけどね!
「まあ、寮監が許してくれたら、だけど」
許可が下りないよう祈ろう。でも、セブなら許可しちゃう可能性高いんだよなー。こういうところは親ばかだしなー、うーむ。
「流れ星にお願いしてみるよ」
「流星群はまだよ、レイノ」
何言ってるのさ。叶いそうにないお願いだから流れ星に頼むんじゃないか。
箒は偶然の一致かニンバス2000を買うことに決まった。来週届くそうだ。ハリーと一緒の箒か……因縁がありそうなよ・か・ん☆ ……キモッ!
あのあとすぐにセブが談話室に来て、他の一年生に私の初飛行(一応この時代では初飛行だよね。前は前、今は今)について質問しまわった。どうやらマダム・フーチにも訊ねたみたいで、いつの間にか私のビーターデビューが決まっていた。おいこら、本人に確認しろよ。デビューさせられるのは私だ! 本人の意思はどこへ行った!!
「良かったな、レイノ。上級生の中で一人だけ一年生というのは大変だと思うが、頑張ってくれ」
ドラコが私の肩に手を乗せた。ドラコと身長差が十センチはある私はどうしてもドラコを見上げなければならん。――つまり。ドラコよりも十とか二十センチは高いゴリラの群れに私は投げ込まれるワケだ。理性なき野獣の群れに放り込まれる草食動物の映像を幻視したのは私だけか? ドラコ胸を張るな。アメリアさんニッコリ笑ってて可愛いけど憎たらしいです。
「一年生とか二年生とか別にして、この身長の私はゴリ……ゲフンゲフン、巨人みたいな先輩に埋もれちゃうよ」
「レイノ……今ゴリラと言ったようだが、全くフォローになってないぞ?」
ドラコは『ビーターは小さくても問題ないのさ、要はブラッジャーを打つ技量があれば良いんだから!』と慰めのつもりだろう言葉をかけてきた。テクニック? そんなもんそこらのガキよかあるわい。経験値だってトップさ! ヴォルディーを狙ったりしてたし。あやつめ、だんだんと避けるのが上手くなってきたから、つい技巧を凝らし始めちゃったりしたじゃないか。プロにだってなれる自信があるんだからな!
「まあ、なっちゃったもんは仕方無いし、するよ、ビーター。なろうじゃないか。任せておけ――誰もが私の前では赤子も同然だと、力ずくで分からせてやる」
碇ゲンドウの真似してニヒルに笑みながら言えばドラコが怖がった。一体どうしたというのだ、何か問題が?
夕食を取りに連れだって大広間に行く。思うんだがスリザリンってみんな仲良しだよね。
ドラコが人型したブラックホール二人を連れてハリーのところへ行ってしまったけど、あれを止めるべきか否や。
「ポッター、地上最後の食事かい? マグルのところに帰る汽車にはいつ乗るんだい?」
言葉と顔つきが一致してないよドラコ。今にも呪いをかけそうな顔してるよドラコ。パンジーとかアメリアとか、誰かドラコを止めてあげ――駄目だわ。みんながグリフィンドールに向ける目が冷たい。こうやって確執は深まっていくんだね、ああ……前はヴォルディーと一緒だったから、こういう苦労とは無縁でいられたんだな。あいつどの寮からも人気あったし。思いもしなかったヴォルディーの有用性にちょっとあの時代が懐かしくなってしまった。
「地上ではやけに元気だね。小さなお友達もいるしね」
ハリーは鼻で笑った。あれ、黒いよハリー。見ている私に気付いたのか、ハリーはちらりと私を見やった。微笑みながら手を振られる。いや、両隣が怖いから返事はできないわ……。あれ? 何で私引きずられてるの? あのアメリアさんパンジーさん、スリザリン席は向こうですよ、そっちはグリフィンドール。
「あ、アメリア? パンジー?」
「レイノはスリザリンのものだって分からせないと。ポッターめ、レイノに色目つかって!」
パンジーが言った。色目使ってたというより、親愛しか感じなかったんだけどね? クィディッチでよりも先に、友人と「警官と宇宙人」ごっこをするとは思いもよらんかった。アメリアさん頷かないでください。
「僕一人でいつだって相手になろうじゃないか。御所望なら今夜だって良い魔法使いの決闘だ。杖だけだ――相手には触れない。どうしたんだい? 魔法使いの決闘なんて聞いたこともないんじゃないの?」
トロフィー室で(フィルチと)こんにちは事件か。
「もちろあるさ。僕が介添え人をする。お前のは誰だい?」
ロンがハリーを無視して答えた。こら、決めるのはハリーであってあんたじゃないんだよ、ロン。
「レイノよ」
パンジーが答えてしまった。涙がこぼれないように、上を向いていようか、それともさっさと流しきってしまうために下を向いていようか。どっちにしろ涙目に違いはない。巻き込まれる人生に乾杯! 祝い事なんかじゃないんだけどね!
「パンジー?」
「レイノよ。レイノは学年一の魔女なんだから。スリザリンの誇りよ」
パンジー、まだ私らは入学して二週間目のはずなんですがね。一度卒業してるから学年内とは言わず学校内で一番だろうと自負しておりますが、でもさ、でもさぁっ!
私の腕をグイっと上に引っ張って、パンジーは私を強調した。痛いよう、身長差を考えてくれ!
「どこだかの寮の目立ちたがりなんかとは違うんだから」
彼女がちらりと見た方向に、ハー子がいた。アメリアさん、助けてください。空気が痛いし居心地も悪い。
助けはなかった。
「じゃあ、真夜中にトロフィー室でしよう。いつも鍵が開いてるんでね」
ドラコが言って、私も再び引きずられた。私、まるでスリザリン生徒のおもちゃになった気分だよ。宥めきれないからお母さん役じゃないし、慕われる(別の意味で慕われてはいるけど)先輩肌でもなし。おもちゃが一番しっくりくるなんて、ちょっと泣きそう。