Star Dust






「ごらんよ! ロングボトムのばあさんが送ってきたバカ玉だ」


 マルフォイが草むらから拾い上げたのは透明なガラス玉のような物――思い出し玉だ。


「マルフォイ、こっちへ渡してもらおう」


 ハリーは静かに言った。視界の端のレイノがどうでも良さそうに欠伸している。髪をエスカルゴに結い上げた少女が砂遊びを始めた。


「それじゃ、ロングボトムが後で取りにこられる所に置いておくよ。そうだな――木の上なんてどうだい?」

「こっちに渡せったら!」


 マルフォイは今ここにいないネビルを嘲笑して、ハリーを流し見た。ヒラリと箒に跨り、飛び上がる。グングンと上昇し――樫の木の梢の高さまで行ってしまった。


「ここまで取りに来いよ、ポッター」


 どうだ、来られないだろう、と柄を上下させるマルフォイをレイノも見上げた。


「ドラコ、落ちても助けないからね」

「えー? 何で?」


 砂遊びをしている少女が首を傾げたのに「だってドラコは普通に飛べるんだから、落ちても助けが入るなんて思ったら気が緩むでしょ」とレイノが答えている。ハリーはどうしてか、レイノに心配されているマルフォイが酷く憎たらしく感じられた。

 まるで、レイノに心配してもらえる権利を横取りされた気分だ。


「ダメ! フーチ先生が仰ったでしょう、動いちゃいけないって。私たちみんなが迷惑するのよ」


 箒に跨ろうとしたハリーにハーマイオニーが叫ぶ。ハリーは聞こえなかったふりをした。義憤と苛つきがハリーを突き動かしていた。

 宙に浮くとハリーは今までに感じたことのない高揚感に満たされた。自分は飛べるのだ――飛ぶことこそ僕の意義だとまで思える。


「こっちへ渡せよマルフォイ。でないと箒から突き落としてやる」

「へえ、そうかい?」


 レイノも助けないって言ってたしねと脅せば、せせら笑おうとしたマルフォイの顔が強張った。

 前かがみになってマルフォイに突っ込めば、危ういところで避けられる。鋭く宙で一回転し、振り返った。下から拍手が聞こえた。


「クラッブもゴイルもここまでは助けに来ないぞ。ピンチだな、マルフォイ!」


 そう言えば、マルフォイは思い出し玉を高く放り投げた。そして稲妻のように地上に降りていく。

 ハリーは確かに思い出し玉を視認していた。まるで世界の全てがゆっくりになったように感じられる。だんだんと落下の速度を速めていくガラス玉を追い、柄の先を地上に向けて駆ける。風を切る音が聴覚を支配した。ハリーの世界にはこの瞬間、ハリーと思いだし玉だけしかなかった。

 地面と正面衝突する直前に目標を捕獲し、ハリーは草むらに転がるように着陸した。心臓がドキドキと打ち、やり遂げた達成感に笑む。


「ハリー」

「?! レイノ?」


 声に目を向ければすぐそばにレイノが立っていた。慌てて上半身を起こす。


「思い出し玉はまた買える。でも命は買えないんだよ、ハリー」

「それってどういう――」


 どういうこと? と訊ねようとして、校舎から走ってきたマクゴナガル先生に叫ぶように呼ばれ遮られた。


「ハリー・ポッター……!」






「ポッターは間違いなく退学さ! マクゴナガル教授のあの剣幕を見たかい?」


 そう言って嘲笑してるドラコの肩をポンポンと叩いた。


「レイノどうした?」

「ジェームズ・ポッターは――ハリーの父親はクィディッチの選手だったんだよ、ドラコ」


 ついでに私の父親でもある。ついで、超ついで。物凄くついでな話。まあその才能を受け継げたからかビーターになったけどね。最近の新型の箒ってどのくらい凄いのかね? それだけが気になるわ。


「……え?」

「前のトップシーカー・チャーリー・ウィーズリーが抜けてから、グリフィンドールのシーカーは弱体化してる。そこに今日はハリーが初心者なのにアクロバット飛行をした。――で、私が言ってる意味分かる?」


 ドラコは分かったのか、分かったんだろうな、顔をみるみる赤くした。ドラコもけっして飛行が下手なわけじゃない。ただ、ハリーの才能が突出してるだけで。だけどこれは――あんまりな例外すぎるよマクゴナガル教授。上手ければオールオッケー☆、なんてどこのガキの我が侭さ?

 せめて今年は練習だけ参加させて、来年から試合に組み入れる、とかすれば良いのに。


「マルフォイ! 君のせいだぞ、ハリーが……!」


 私たちの会話が聞こえていなかったんだろうな、ロンが真っ赤な顔で怒鳴った。


「君も! スネイプ!」


 何で私が責められてるんだろうか。分からない。その「訳分らん」という思いが顔に出てたからか、ロンは唾を撒き散らす勢いで叩きつけるように言う。


「どうせハリーが退学になれば良いとか考えてるんだろ?!」

「ちょっと、あなた――ロン!」


 言いがかりだ!! ハー子が止めてるけど。てか、私はハリーが退学にならないことを知ってるんだよね。たとえ考えたとして、実現する可能性は0%。それにハリーがいなきゃ物語は進まないんだから……いてもらわにゃ困るんだ。


「ちょっと、言いがかりは止めてくれないかしら?」


 何故かパンジーが立ち上がった。男らしいなパンジー、格好良いぜパンジー。パンジーは私を庇うように立ち、私には彼女の背中しか見えない。ヨーロピアンは背が高すぎると思うんだよね。中には成長しすぎるからって成長抑制剤飲んでる人もいるって聞くし、無駄に背が高くても不便だそうだ。

 パンジーに誘発されてか、他のスリザリンの女の子もロンの言葉を否定する。私とロンとの間に立ちふさがり、人間の壁を作る。――全く前が見えないんですが、皆様。


「そうよ! レイノはあんたたちの寮のウスノロを助けてあげるくらい心が広い子なんだから!」


 褒め過ぎだ。そこまで言われてるのを聞くと背中が痒い。心広くなんてないよと否定したい。でも否定すればするだけ逆効果になると分かるから何も言えない……なんてこった! どうしようもないとは!


「ウィーズリー。間抜けを晒すのもそこまでにしたらどうだい? レイノは――腹が立つことに――お前たちみたいな馬鹿の集まりも平等に人間扱いしてやってるみたいだけどね」


 ドラコがロンを鼻で笑った。ドラコの笑い方でアブラカタブラを思い出した。まだ若かったくせして、生え際の後退が早かったアブラカタブラ。ヴォルディーに八つ当たりされたり、私が慰めて背中を叩いたら青筋を立てて私のせいだと唸ったりしてたよね。懐かしいなー。龍痘で死んだんだよね? 最期に一度会いたかったかも。


「こいつが? まさか!」


 ここまで貶されるともう、呪いたくなってきちゃう☆ クルーシオっちゃうゾ☆


「……クルーシ」

「ロン! あなた、いい加減になさい!! スネイプは何もしてないじゃない!」


 唱える途中でハー子がロンを怒鳴りつけたから、私の呪文は行き場を失くして霧散した。ちょっと寂しいんだぞ……。

 この後マダム・フーチが帰ってきて、飛行訓練は後味悪く終わった。あー、ささくれ立ったこの心をセブ、癒してちょうだい!

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