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――飛行訓練は木曜日に始まります。グリフィンドールとスリザリンの合同です――
寮内に貼り出された掲示を読み、マルフォイが呻いた。額を押さえながらだと禿げが進行したのかと思っちゃうよ。
「よりにもよって……グリフィンドールなんかと!」
先に飛行訓練の話を先輩から教えてもらってたからだろうけど、最近のドラコはウザかった。ここ数日中ずっとマグルのヘリをいかに上手にかわしたかを鼻高く自慢しているドラコ。あやうくかわさにゃならんほど危険に足を突っ込んだって意味と違わないと思うんだが、それは突っ込んじゃ駄目なんだろうな。
ドラコの嘆く様子はまるでどこかの役者みたいだ。外国人はオーバーリアクションと言うけど限度があると思う。本当に悲しいんだろうかコレ。
ワシミミズクが籐の籠を運んでくる。朝食時のお手紙タイムだ。
「あ、母上からだ。ほら――レイノ」
朝食はまださっぱりしたものが多いからマシだけど、昼食と夕食は脂っこすぎて食べられたものじゃない。だから朝に食いだめして、昼と夜は花の蜜を吸うてふてふになるんだ。前もこれをやったからヴォルディーに無理やり肉を突っ込まれたことがある。罵りまくって牛の胃の呪いをかけてやったが。可哀想にヴォルディーは胃の中身を口に戻しては反芻して飲みこんでいた。可哀想に、ハハハ!
「おお、素晴らしいよナルシッサさん。これのおかげで私生きていける……!」
ドラコが肉を食えない(食わないとも言う)私のことを手紙に書いたらしく、毎朝シシーから味付けも油脂も控えめな軽食が届いている。そのせいでドラコのワシミミズクは大忙しだ。荷物を無駄に増やしてメンゴ☆
私はランチボックスを掲げてナルシッサ大明神に祈りを捧げた。今度買い物に付き合います。有難や。
「大げさだな」
「大げさなもんか。生きるか死ぬかの瀬戸際だぞ!」
ついでに、ヴォルディーからは学生時代、「日に日にやつれていってるから、とりあえず何か食べて!」と怒られたことが――――何回も、ある。仕方ないよ、食えないんだモン。家畜の餌にでもしとけ。
「レイノはお肉アレルギーなの?」
アメリアがパンにたぷりバターを塗りつけながら聞いてきた。ちょっと塗りすぎじゃありませんか、アメリアさん。
「アメリアさん」って、何だか「ドドリアさん」に似てるな。やっておしまいなさい、アメリアさん!……これを言ったら友情が壊れる気がするから言うまい。
「嫌いじゃないし、食べられるんだけどねぇ。私の舌は薄味がお好みなんですよ」
「えー? これ、そんなに濃い味付けかしら?」
そうなんだよ! 日本人には濃いんだよ! ヴルスト出せ! ヴィーナーヴルスト、フランクフルターヴルスト! ドイツ料理のあの淡白さが羨ましい! しかしザウアークラウトが苦手だからドイツには行かない。
「私には無理なのさ……」
「何が? 真っ白な灰みたいになっちゃって」
黄昏る私に首を傾げ、アメリアはパンを千切って口に放り込む。サンドイッチの後にはグラノーラを詰め込んでベビーチーズを口の中で転がしながら席を立った。
パンジー・パーキンソンは気の強そうな顔つきだけど、意外と乙女でヒロイン気質があると思う。ドラコとの恋物語を紡ぎたいの、という言葉を聞いた時にはなんて乙女なんだと目を剥いた。
午後三時半、校庭の端――禁じられた森のそばにスリザリン生は揃っていた。私の左隣にゴイル、ドラコ、パンジー、クラッブ、右にはアメリア以下名前も知らないスリザリン生がいる。ドラコは自信満々そうに、パンジーは別段緊張した様子もなく。アメリアを見ればしゃがんで土遊びをしていた。アメリアさんやめなさい。
それにしても飛行訓練ねぇ……。前はビーターしたけど、二度目の私が選手になったら経験値に差がありすぎる気がする。卒業してからはヴォルディーを目標にブラッジャー打ちまくってたしな。闇払いの襲撃かと思ったじゃないかと責められたことは――何回あるんだろう? 数えてないから分んないや。
「なにをボヤボヤしてるんですか」
グリフィンドール生がまだ並んでいないのを見てマダム・フーチが声を鋭くした。初めての授業だから勝手がわからなくても仕方無いと思うよ、マダム。
「みんな箒のそばに立って。さあ、早く」
ガミガミ声に面食らいながらハリーたちは並んだ。スリザリンはそれを見下して鼻で笑っている。
「右手を箒の前に突き出して。そして、『上がれ!』と言う」
上がれ、という前に箒は飛び込んできた。よしよし良い子ねー……見覚えがあると思ったらコレ、昔私が苛めて――ゲフンゲフン、可愛がっていた箒ちゃんだわ。ペコちゃんマークの彫りがある。
「ドラコ、握り方間違ってるから直しておいた方が良いよ」
「え?」
アメリアの箒がヨーヨーみたいに地面と手の間を往復しているのを横目にドラコに注意を促した。アメリアは楽しそうだ。ねえねえアメリアさん、それって箒に馬鹿にされてるの、それとも遊んでるの?
「さあ、私が笛を吹いたら、地面を強く蹴ってください。箒はぐらつかないように押さえ、二メートルくらい浮上して、それから少し前かがみになってすぐに降りてきてください。笛を吹いたらですよ。一、二の――」
三、とマダム・フーチが言う前に、ネビルが空を駈けた。前衛的な飛び方だ。曲芸にしたら金が儲かるかもしれない。スリリングでまさに命がけだからチップがたくさん飛ぶね。
「こら、戻ってきなさい!」
戻ってこれるだけの技術もないのにそりゃ無理だろ。あのネビルを見てる限り原作のように骨折だけで済むとは思えず、私は仕方なく箒を強く握った。浮遊呪文だと対象をちゃんと杖先で捉えなきゃいけないし、規則性なく揺られているネビルを追うのは難しい――っていうか面倒くさいから仕方無い。
「Miss.スネイプ?! 帰ってきなさい!」
飛行術の先生なら自分で助けに行けよ、と思わないでもない。それともマダム・フーチには今地上から離れられない事情でもあるのかいな。
遂に柄から手を放しちゃって落ちかけたネビルの手首を掴んだ。だてに二十年近くバット握ってないからね、両手を離して飛ぶのは得意だよ。
ゆっくり降ろしてあげたのに、ネビルは足首を捻った。マダム・フーチが医務室にネビルを連れていくと言い、スリザリンから歓声が上がった。
「凄いわね、レイノ。両手離して飛ぶなんて」
「ヒーローみたいだったわ!」
私を囲んだのは女子で――男子は輪の外にはじき出されてしょんぼりしている。デコリーンちゃんごめんね! でもストレスでそのデコが後退するっていうならバッチ来い☆
「でも足挫いちゃったみたいだしさ。ちょっと悪かったかも」
主に落とし方が。
「そんなことないわよ、あのデブのウスノロが死ななかったのはレイノのおかげなんだから」
私が何もしなくてもネビルは生きてたよ、死亡確定じゃないよ……。「禁じられた森殺人事件〜生徒はみた! 犯人はまさかの箒〜」じゃないんだから。
「そうさ! あいつの顔を見たか? あの大まぬけの」
女子の言葉にドラコが復活した。
「やめてよマルフォイ」
止めたのはパーバティだな。たしかさっき別の子に「パーバティ」って呼ばれてたから。
「へー、ロングボトムの肩を持つの? パーバティったら、まさかあなたが、チビデブの泣き虫小僧に気があるなんて知らなかったわ」
この年頃の子はみんな色恋話が好きだなぁ。恋に恋してるからよね☆ ……。自分で言っておいて何だけど、何コイツきもい。