Star Dust






 ジェームズの怒声、リリーの悲鳴。響きわたるのは聞き覚えのない男の笑い声。朝から浮かれた様子でケーキや料理の用意に忙しくする両親に、私は今日はハロウィン――二人の命日だ、と気づいてしまった。

 子供の命だけは、と懇願するリリーの胸に私とハリーは守る様に包み込まれていた。緑の光線が彼女を打った後もその腕の力は弱まることはなく、私は母親というものをその姿に見た。

 倒れ伏すリリー、その肩越しにヴォルデモートと見つめあうハリー。私は首を捻ってヴォルデモートを見上げた。あれ、美男? 蛇っぽい人はどこへ?


「――の、血縁? 考えすぎか。まあ良い死ね……アバダ・ケダブラ」


 そうして唱えられた死の呪文は跳ね返り、帝王に仮初の死が訪れた。ハリーの額には傷痕がつき、それが少し痛かったらしく火がついたように泣き出した。

 さて、これから私はどうなるのだろうか? ハリーと一緒にダーズリー家に預けられるのか、それとも。

 緊張が解けたせいか落ちてくる瞼に逆らえず、私は夢に堕ちた……。










 木製のテーブルの上にはハロウィンの料理が並び、今日訪れる筈だった客の分だけ増やされた椅子が寂しく倒れ壊れている。これが、数時間前までは湯気立ち上る七面鳥であったのだと……学生時代からの友人同士が温める筈だった椅子だと思うと、胸の中がすっぽりと抜け落ちてしまったように感じられた。男は震える唇を引き結んだ。

 身に纏った漆黒のマントを掻き合わせ、男――セブルス・スネイプは重苦しい息を吐いた。イギリスのハロウィンはこんなに寒かっただろうか、とちらりと考える。震えが止まらない理由は別にあるということを何よりも知っていながら。

 呼気が白く染まって空気に溶けていく。彼はこうもりだった。闇にも光にも彼の居場所はあり、そしてどちらにも属していなかった。世間の言う「正義」は彼にとっての「正義」ではない。彼の恩人の言葉によれば――正義の逆はまた別の正義なのだ。ただ、明けく彼の胸に宿り続ける炎が、彼の信ずる信念だった。

 無残な姿を残したポッター夫妻の小さな家、だが、生々しい死体はここにはない。ただ寂寥とした空気がこの場を満たし、眠っている腕の中の赤子がどこか場違いのように思える。何も知らぬ気にスヤスヤと、世間の俗事など知らぬとばかりに眠っている。

 ツインテールにおめかししたこの赤毛の幼女は父と母が死んでしまったことを知らないに違いない。黒に映える小さな赤が、永遠に失われたもう一つの赤を彷彿とさせる。セブルスは泣きたいような、叫びたいような気持ちになった。喉仏がひくりと引きつる。


「セブルスや」


 軽快な音と共に姿現しをした老人が、立ち尽くすセブルスに優しく声を掛けた。老人の髭は長く腰まで届き、鮮やかな色のベルトに挟まれている。ローブの色はともかくとして、その物腰は柔らかく老人らしく落ち着いている。半月型の眼鏡の奥は慈愛に満ちていた。


「校長っ」


 この世の終わりを見たような表情を繕うこともできないまま、セブルスは老人――ホグワーツ校長アルバス・ダンブルドアを振り返る。校長はセブルスを襲った絶望をその双眸から垣間見た。縋るものがない目、希望も何もかもを失くした目。しかしそれも当然のことと言えた。なぜなら――


「私のせいです! 私のせいなんだ……。リリーが、死んだのは」


 闇の帝王が二人を殺す原因となった、予言。それはセブルスが報告したことだったのだから。

 リリーに目を向けられたかった、リリーと共に歩みたかった。リリーとの明日を望んでいた自分が、彼女を殺したのだ。セブルスは膝を突き、髪を振り乱した。腕の中の子供が起きないようにと気を付けながら。黒髪の教師がかつて、その道を行くのならば覚悟なさい――そう言った言葉が頭の端にフと浮かんだ。きっとその道は後悔ばかりで、悔しくて、辛くて、大変で、体を削るばかりで、何の見返りもなくて、切なくて、ただ否定的なことしか待っていない道。それでもスネイプ、貴方はその道を選ぶんだね? ああ、ああ! この道を選んだのは私だ。私自身だ。貴方は正しかった!


「あまり自分を責めるでないよ、セブルス。お主にはこれから、せねばならぬことがあるのじゃから」


 彼の言葉に、セブルスは悲しみに満ちた目を向ける。一体この男はセブルスに何を求めるというのだろう? この役立たずに、何を。


「その子はお主の名付け子じゃろう? ならば、お主のするべきことは決まってくるはず。――立ちなさい、セブルス・スネイプ教授。お主をホグワーツ薬学教授に迎えよう」


 差し出された皺くちゃの手に縋りつくように、セブルスは手を伸ばした。教授、私は今貴方が行方知れずで良かったと、心の底から思う。もし貴方がいれば――私は罪の意識から目を逸らせないから。

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