平和を愛する悪党
面白い子供を見つけた。少なく見積もっても半径七キロの円を広げられ、下手ながらも纏をしている子供。聞いたところまだ十歳にもなっていないその子供はユカリという。
「クロロさん、終わったよ!」
ウッドデッキに置いたテーブルセットに本を広げ時間を過ごしていた俺の元にユカリが駆けこんできた。ユカリはウッドデッキに上がる時靴を脱ぎ散らかし、靴の片方が三メートルほど向こうに伏せて落ちている。全く元気なものだ。
――ユカリを拾ってからもう一カ月が過ぎていた。最初からわかっていたことだがユカリのオーラ量は多い。だいたい俺の十倍から十五倍程度、一般の能力者と比べれば二十倍近い。この怪物のような子供を俺が育てるのだと思うと自然と気が昂るというものだ。
「終わったか。なら昼飯にするか」
ユカリは物心ついてから捨てられたというのにそれを嘆くでもなく前向きだ。そして自分の欲望に正直でもある。このまま育てて欠番に当てるのも良いかもしれないな。この性格なら皆も受け入れやすいだろう。
俺は朝の訓練メニューを終えたユカリの頭を撫でつつデッキから居間に上がる。隠れ家というには豪華すぎる屋敷だが、逆に堂々とし過ぎているから犯罪者が住んでいるとは滅多に疑われることはない。
「あ、そうだ! ねえクロロさん、ご飯食べたら遊びに行っていい!?」
「良いが、どうした?」
「お菓子買いに行きたいんです!」
ロールパンに挟むソーセージを焼きながら訊ねてきたユカリに頷けば、駄菓子とは……やはり巨大なオーラを持っていても子供は子供らしい。
「何を買うんだ?」
「バンジーガムと、ドッキリテクスチャー」
頬が引きつる。全く同じ名前の念能力を持っている男の顔が脳裏に浮かび、あの収縮するオーラを『そら、バンジーガムだよ☆』などと言ってユカリに貼り付けている姿を想像した。
「他には買わないのか? たとえば――あー、ゼリーとか」
ユカリはフライパンを揺すりながら首を傾げ、思い付いたようにニコッと笑った。
「ひもQも買うよ!」
「ああ、是非そうしてくれ」
俺の精神安定上の問題だが、ユカリには是非とも違う駄菓子に夢中になって欲しい。それにしてもひもQか……ユカリの身長と似たような長さなんじゃないか? 確か百二十六センチだとか何だとか言っていたはずだ。少しユカリの方が長いな。
ロールパンにソーセージとレタス、玉ねぎを挟んだものを昼飯に、俺はコーヒー、ユカリはミルクを飲んだ。――まさか俺が子育て、いや、育てる必要がないほどユカリはしっかりしているが、十いくつも年の離れた子供と同居することになるとは思いもしなかった。平和だ。蜘蛛として動くのは楽しく、興奮と達成感がある。だがこういう日常も嫌いではない。
「天下の幻影旅団の団長が何を不抜けているのやら」
口では自嘲しながらも皮肉ってはいない。面白いのだ、俺にこんな思いを抱かせたこの子供が。
「ん、どうしたのクロロさん」
「何でもない」
ロールパンを丸々一つ入れるには無理がある口に無理矢理突っ込んでいるのを見て苦笑した。行儀が悪いが見ている分には面白い。咀嚼できないほど中身が詰まった頬が破裂しそうだ。ミルクで流し込むくらいなら何度かに分けて食べれば良いものを。
「三時には帰ります、行ってきます!」
「ああ、行ってらっしゃい。変な人にはついて行かないようにな」
「はーい!」
どこの父親だ、と自分で自分がおかしい。背中を見送った後こらえきれず哄笑し、この俺も変わったものだと更に笑った。
次のターゲットはまだ決まっていない――しばらくの間ユカリと平凡だが面白い日々を過ごすと思うと頬が緩んだ。ああ、ユカリの成長も著しいことだし今度会う時には顔見せさせるのも良いかもしれない。だがしばらくはこの日常を過ごしていよう。こんな毎日も悪くはないと知ったからな。
ユカリが土産に大量のひもQを買ってきたからどうしたのかと訊けば、ひもQを買うと言った時俺が「是非そうしろ」と言ったのを、ひもQが大好きなのだと思い込んだからだとか。いや、そうではなくてな――俺はドッキリテクスチャーとバンジーガムが嫌なだけなんだが。
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12/13.2010(抜き取り式お題10)
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