ここにいるんだよ


 目が覚めたのはどことも知れない、スモーキーマウンテンだった。臭くて鼻が曲がりそう……これってあれだよね、フィリピンにあるゴミ捨て場。街が二つや三つはゆうに入る、有毒ガスの発生するゴミの山。

 さっきまで私は教室にいたはずなのに、何でこんな場所にいるんだろう? 両親が私を捨てるとしてもわざわざフィリピンに送る必要ないし、そんなことをする親でもないし。とりあえず人を探すことにしようか。もしここが本当にフィリピンだとして、言葉が通じるとは全く思えないけど。フィリピンの公用語って英語だったっけ? カタカナ英語が通じるかどうか。全然自信ないや。


「う、ん?」


 ゴミの密に詰まった地面に手を突いて、気付いた。私の手が小さい。

 光に透かすようにかざせば――小学校低学年あたりの子供の手が私の肩から伸びていた。肩を抱けば薄っぺらい体つきに、大人ではありえない体格に対する頭の大きさ。これは、縮んだ、の?


「なんで……」


 そして自分の姿をよくよく見てみれば制服のスタートは大きくてずり落ちてて、パンツも脱げそうで、シャツがまるでワンピースみたいに肩に引っ掛かっていた。ブラジャーは当然浮いている。


「どうして」


 と、突然すぐ隣で大砲でも撃たれたかのように頭に衝撃が走った。痛い、痛い――頭が痛い! ぐわんぐわんと揺れる頭に情報が流れ込んでくる。それは女の子の記憶という濁流で、その女の子の名前は――ユカリという。私と同じ名前の女の子。


「あ、あ゛、あ゛あ゛あ゛あ゛!」


 あまりの痛みに地面を転がって絶叫した。いや、しようとしたって方が正しい。私の喉から零れたのはあまりに小さい掠れ声だったから。唾液が呑み込めず気管に入り咽た。それでも痛みは治まらない。足がバタバタと暴れてゴミを蹴り飛ばし、転がりまわってスカートもパンツも脱げた。


「に、いちゃ――う、おぇええ!」


 胃の中のものが逆流してきてその場で吐く。私の目の裏にはユカリの、私の兄の姿がチカチカと点灯しながら映し出される。助けて、痛いよ苦しいよ……。

 頭痛は引いても吐き気はなかなか治まらなくて、しばらくの間地面に腕を突っ張って吐き続けた。ようやっと収まった頃には胃の中はすっからかんで口の中は酸っぱい。唾液を何度も飲み込みながら口の中を潤し中和する。


「私が、ユカリなのか……」


 私の中にはすっかり『ユカリ』が馴染んでいた。この体はユカリが死んだ時と同じ年齢にまで縮んだんだと思う。だったら八歳か。十歳近く縮んだのを喜ぶべきなのか悲しむべきなのか……むーん。


「じゃあここは流星街、だね」


 何を捨てても許される場所。国ひとつは悠々入る、広いゴミ捨て場。その『ゴミ』は人間も含まれる。悲しい、場所。

 口の周りがひりひりするから腕で拭えば、胃液が付いたままだった。袖でごしごしと拭う。拭いながら、誰か見つけなきゃ死んじゃうって考えた。私に戸籍はない。そしてここは流星街。お兄ちゃんが見つけてくれるなんて都合の良い夢は捨てろ、お兄ちゃんに会いたければ先ず何よりも、生き伸びなきゃいけないんだから……!


「――しっ!」


 お兄ちゃん、きっと、また会えるよね?














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12/12.2010(ひとりぼっち五題)

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