解凍失敗
暦の上ではもうそろそろ春とはいえここら一帯はまだまだ冬の寒さを残していて、薄着なんてしようものなら必ず風邪を引くような気温ーーといっても、それも屋外での話。闘技場の中は人の熱気で、半袖にならないと汗だくになるくらい暑い。
今日はヒソカーー毎朝レストランで会ってる方じゃなくて、奇術師な方のヒソカの試合を見に来た。
二百階クラスになると対戦者の生死を問わないし、後々に響く怪我や五体の損傷も当然のものとされてしまう。そんな目には絶対に遭いたくないから、私としては絶対に二百階に上がりたくない。そしてそれ以上に、奇術師のヒソカに目を付けられたくないしね。
なのになんで試合を見に来てるかって言えば……ヒソカさんにもらっちゃったからだ、チケットを。
「見に行きたくて手に入れたんだけど、どうしても外せない用事が出来ちゃってね。どうせだから君が見に行かないかい? あとで試合の感想を聞かせておくれよ」
なんて、試合の感想を求められちゃったら見に行くしかないよね。さっきから足が緊張でガタガタ震えてるけど、ここは我慢しなきゃ、うん。
ヒソカの試合相手はネルドとかいう奴ーー知らないなぁ。原作にもいなかったし。
ビーって音が鳴って試合開始五分前を知らせる。そういえばこの試合、鬼畜童顔青年シャルも見に来てたりするのかな。とっても会いたくない。
凝をしながらぐるりと見回せば、シャルと黒髪の青年が並んで腰掛けているのを見つけた。うぇっ、ちょっと、あれ団長さんじゃないの? 額に布巻いてる黒髪の優男が団長なんだよね、確か。闘技場以降は友達の話を右から左に聞き流すくらいだったもんなぁ……ちゃんと聞いておけば良かった。後悔先に立たずだね。
右手の出入り口からネルドが現れ、逆側からヒソカが出てきた。熱のこもった解説がネルドとヒソカの戦績を丁寧に追っていく。ネルドは古参の二百階戦士で、もう五年もここにいるとかなんとか。七戦五勝一敗一分けで、今は三連勝を狙ってるらしい。ヒソカと試合を組むのは初めてだってさ。
私は後ろから数えた方が早い席に座ってるのに、ヒソカのオーラが貼り付くようにねっとりと感じられる。吐き気がする。
背筋を氷が落ちていくような感覚がして、ブルリと体が震える。頭から食われてしまうようで、肺がまるで呼吸を忘れたかのように痙攣した。
耐えられない。無理、いくらヒソカさんのお願いだとしても、この会場内にいるのは無理。頭の中でサイレンが鳴り響いている。
プラスティック製のイスを蹴って、幾人もの観客の頭上を飛び越える。逃げろ、逃げろ、逃げろ。扉を蹴って会場外へ飛び出し、人もまばらなそこで大きく息を吸い込む。
ーー怖かった。
「っは、はぁ」
壁に背中を押しつけて、息を吐いた。
怖かった。アレと同じ狂気が私の中にもあるんじゃないかって、アレを心地良いって、ちらっとだけど思っちゃったことも、怖かった。
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07/30.2014(抜き取り式お題3)
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