なつかしい話
散歩週間と決めたは良いけど、二日目にして壁にぶちあたった。ここらへんにある施設って、ほとんどご飯屋さんなんだよね。それも闘技場の中継を流してるスポーツ喫茶みたいなのばっかり。
私としては、クラシックの流れるお洒落なカフェで紅茶とパンケーキを食べたり、古い本の匂いが充満した古本屋さんで時間を潰したり……っていうのを想像してたんだけどなぁ。全然そういう店がない。
昨日と同じレストランで朝ご飯を食べつつ、今日の予定を考える。近くにある公園は試合前の選手たちが鍛錬する汗くさい場所になってるし、歩いて二十分くらいの場所にあるかわいい建物が多い地域はラブホ街。雑貨屋さんなんて全くなくて、高層階の選手向けっぽいブランドのお店が並んでる。
ここらへんって、天空闘技場以外の娯楽ってほんとうにないね。
「はぁー……」
三段重ねのホットケーキも残り二口。他の席から漂ってくる焼き肉の匂いと、ホットケーキの甘い香りと味が混ざって気持ち悪い。食欲が失せた。
片肘を突いてぼんやりと外を眺めてたら、ドアの鈴の音がして新しいお客さんが入ってきた。
「昨日ぶりだね、ユカリ」
「あ、ヒソカさん」
私に一言断ってから正面の席に着いたヒソカさんに、私も慌てて肘を浮かせる。もう気分的にはごちそうさまなんだけど、食事中に肘を突くのは行儀悪いもんね。
ヒソカさんは紅茶を注文した後、私の前の皿に視線をやった。
「そのホットケーキ、もう良いのかい?」
「あ……っと、はい。お腹一杯になっちゃって、もう残しちゃおうかなって」
たった二口でも、もう入らないものは入らない。店員さんにお皿を片づけてもらおうと思ってヒソカさんから視線を外す。
「ならボクが食べてもいいかな?」
「え゛」
一皿頼むほど食べたいわけじゃないんだけど、甘いものが食べたくってね、なんて言って、ヒソカさんはヒョイパクと私の食べ残しを口の中に放り込んだ。
「な、な……ヒソカさん!?」
「もったいないだろ?」
「そういう問題じゃなくって、あれ私の食べ残し!」
「気にしない気にしない」
「気にするよ!?」
私は他人のお箸が入った料理が食べられない。町内の子ども会で焼きそばを食べた時なんて、最初の一皿目以降は気持ち悪くて食べられなかった。どっちかっていうと潔癖なんだよね。
「ユカリはこれから何か予定があるのかな」
「人の話聞いてた!?……ハァ、なんにもないよ」
「じゃあボクと付き合ってよ。ボクは今日一日ヒマでね」
「まあ……うん。良いよ」
ヒソカさんは纏がとっても綺麗で、きっととっても強い。優しそうな表情だけどシャルナークみたいな外面と内面に差がありすぎる人もいるし、ちょっと不安っていうか。オーラ量に任せたごり押ししか出来ないからね、私。
渋々だけど頷いたら、ヒソカさんは満面の笑みを浮かべた。え、なんなの? 私そんな美人じゃないし、そこまで喜ばれる理由分かんないよ?
「決まりだね」
何故かヒソカさんが注文したはずの紅茶を私が飲んで、ホットケーキと紅茶の代金をヒソカさんが払い……腕をとられてレストランを出た。
少し高い手の温度が、どうしてだろう、心地良かった。
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07/25.2014(抜き取り式お題13)
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