おほしさまを返してください
昨日は散々な目にあった。旅団っていう恐ろしい犯罪者集団――その悪っぷりにしびれる憧れると友達の一人が騒いでたけど、犯罪者は犯罪者じゃないか――のシャルナークって人と出会ってしまったのはもう仕方ない。でも、知り合いにはなりたくなかったな。
朝食を食べに来たレストランの窓際の席に腰かけてため息を吐く。今までの試合で既に十分すぎる資金があるから、ここを出て行ってしまっても良いんだけど……今ここを出てったら「逃げた」なんて思われてシャルナークに追い掛け回されるかもしれない。逃げるものほど追いたくなるのが人だし。
しばらく試合に出るのは止めようかな……お金を稼ぐことしか考えてなかったから、ここらへんの地理を実はちゃんと把握してないんだよね。しばらく散歩をして過ごすのも良いかもしれない。
そうと決めてしまえば話は早い。今日から少なくとも一週間は散歩デーで決まり!
気が軽くなって心に余裕ができたのか、周囲を観察しようという気になった。ここに来てから贔屓にしてるこの店の中をぐるっと見回せば朝から胃に重そうな食事を摂っている人が十人くらいいて、店内は焼けた肉の濃密な匂いが漂っている。朝はさっぱり済ませる派の私には受け入れがたい朝食で。
木製のコップに入った水をぐいっと呷り口元を拭う。ところでさ、注文したサラダと人参のスープはまだなの?
ドアの鈴を鳴らして新たに入店してきたのは赤い髪の青年。彼は店内を一瞥し私に目を止めるや、華やかな笑顔を浮かべて相席して良いか訊いてきた。席は他にもたくさん空いてるのに……ナンパ? ばっちこい!
敵意があるようには感じなかったのもあって二つ返事で頷く。青年は私より年上だろう。スッと通った鼻筋に切れ上がりの目尻、薄い唇は少し軽薄に見えるけど厭らしさはなく、整った造作をしている。誰かに似てるかも――こっちでのお母さんに似てるかもしれない。しれないって言うか、お母さんをもっと美形にして性別を変えたような。そう思って見れば見るほど似てる。
まじまじと彼の顔を見ていれば、彼は苦笑しながら口を開いた。
「ボクの顔に何かついているかい?」
「あ、ごめんなさい。知り合いに似てるなって思っただけ」
そう謝った途端、向かいに腰かけた青年は瞳を輝かせる。
「誰に似てるんだい?」
「お母さん。髪の色も造作もそっくり」
「へえ」
そこにスープとサラダが届き、彼は店員にコーヒーだけを注文して顔をこっちに戻した。慈しむ様な目で見られてなんだか凄く落ち着かない。椅子のお尻の位置を直して、お先にいただきますとスプーンを手に取った。
「……あの、食べてるのそんなにマジマジと見られると恥ずかしいんだけど」
「おや、ごめんね」
美形だからか知らないけど、彼のコーヒーが届くのは早すぎじゃない? 店員さんが彼を見る目はハート形で私を見る時は鷹の様に鋭いよ。女の子の嫉妬って怖い。ここまであからさまだと怒りが湧くより呆れちゃうね。
それから名前を教え合い、連絡先を交換して別れた。あのフェイスペイントの変態と同じ名前だけど、その『ヒソカ』という名前はドスンと胸を突いた。お兄ちゃんと同じ……。
携帯を握りしめ、緩む顔を抑えきれずニマニマした。また会えるよね、ヒソカさん。
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10/01.2012(抜き取り式お題15)
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