わすれないで


 最近悩まされてる夢がある。その夢は舞台がどう考えてもハンターハンターで、私は片田舎に暮らす女の子だった。貧しいけど明るい家族に囲まれ、三歳上の兄に可愛がられつつ日々を楽しく過している、私をそのままちっちゃくしたような容姿の女の子。

 初めて見た時は私の妄想もついに夢にまで影響するようになったのかとため息を吐いた。兄の名前はヒソカと言って赤い髪をした美少年で――なんていうか、そのまま育ったらあの奇術師のヒソカそっくりになるだろうことは間違いなくて。ヒソカと恋愛したいんじゃなくて妹になりたいとかどんな夢だよと我ながら呆れ果てた。お父さんお母さん、あなた方の娘はもう救いようのないオタクです。


「はぁ――」


 机にベシャリと倒れかかってため息を吐けば、運良く隣りの席に当たった麻里絵がどうしたのと目を丸くした。授業どころかHRもまだなのに私は疲れ切ってた。


「ホント、どうしたの紫。あんた最近全然元気じゃないみたいだけど」

「いや、夢がさぁ」

「夢ぇ?」


 麻里絵が口をへの字にした。夢なんかでそんなに疲れるのかと言わんばかりだけど、それは私自身が良く理解してる。


「夢がさ、グロくて」

「グロいって、血ぃブシャー、脳漿垂れ流し、腹圧で腸が飛び出たり?」

「ちょ! 止めてよそんなの!」

「グロいって言ったの紫じゃん」


 麻里絵はそういえばスプラッター映画を真剣に見て酷評する人間だ……言わなきゃ良かったかもしれない。


「そういうのじゃないんだよね、なんていうのかなぁ。吸血鬼に生気と血液とを吸いだされて枯れてくような夢」


 思い出すのはここ数日見るようになった、夢の中の少女の『終わり』。それまでは平穏で幸せな日々が続いていたのに、ある日突然崩されてしまった……私と同じ名前をした女の子の最期。

 きっとあれは念を使った犯罪者だったんだと思う。彼女は下品な顔をした男に捕まえられ、無理矢理精孔を開かされ――そしてオーラを吸い取られた。きっとあれがあの男の念能力の一部だったんだろう、男はみるみる元気になり、対して彼女は生気とオーラを失い、枯れ枝のようになって死んだ。


「なにそれ、吸血鬼に襲われたい願望?」

「嫌だよそんなの。吸われてる間どんだけ苦しい思いしたと思ってるの」


 足先が頭まで縮んだような、強力な掃除機にでも吸いこまれていくような感覚と、それに伴う痛み。叫びたくても声は出なくて、ひたすら頭の中で兄に助けを求めた。助けて助けて助けてお兄ちゃん、お兄ちゃん……!

 彼女の感覚はそのまま私の感覚だった。骨から肉を削ぎ落されていくような喪失感と痛みのせいで、毎晩汗ぐっしょりになって起きてしまう。


「ふーん、なら違うのか……あり得ないかもしれないけど、前世の話だったりして! なんてね」

「え、麻里絵、前世なんて信じてるの?」

「うん、半分くらい」


 麻里絵が親指と人差し指で七センチくらいの幅を作った。一体何の半分くらいなんだか。


「前世よりもアトランティスの存在の方が私には重要だし」

「……さようか」


 麻里絵の部屋にはムーが発行順に揃えられてるんだった。


「でも前世も興味あるなぁ、眉つば霊能力者の言葉なんて信じるつもりないけど、私前世は何だったんだろ? アトランティスの住人に決まってるけど」

「決定事項なんだ……」


 麻里絵とSF系統の話をするとアトランティスに話が流されるから避けてきたんだけど、今回はなぁ……誰かに言いたかったのかもね、私。

 アトランティスはどうだのこうだのと熱弁を振う麻里絵の話を聞き流してたらチャイムが鳴った。いったん話は終了させて先生が入ってきたのを見る。起立、礼、着席――と同時にまたスライム化して机にへばりつく。


「今日は小テストだからなー、忘れてた奴は急いで勉強しろよ。はっはっは!」


 先生が笑う声を子守唄にだんだんと瞼が閉じていく。――眠い。なんでかな、波に揺られてるみたいな気分。優しい揺れに身を任せて目を閉じていけば、何でだろう、麻里絵ともう二度と会えないような気がした。気のせいさ、ただちょっと寝るだけだ――そうぼんやりした頭で考えたのが、『私』の最後だった。














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12/12.2010(ひとりぼっち五題)

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