手を伸ばせば届くと


 ――あれから一年、私はこのどことも知れない樹海の中で生活した。流石にあの時の蜘蛛みたいなのを食べる気は起きないけど熊とか兎……みたいな怪物なら平気で食べられるようになっちゃった。大きいのは大味っていうのは本当だってしみじみ思ったよ。

 どうやらこの森はかなり辺鄙なところにある、それもハンターライセンス保持者でも滅多に入ることのない森だったみたいで、私の円に反応する人間はこの一年の間一人もいなかった。ついでに私の円は半径三十キロを超え、もはや人外。これが異世界トリップ特典ってものなんだろうか?

 ところで、皆さんはご存知でしょうか、アブアビという漫画を。ざっくり言ってしまえば、主人公が吸血行為によって相手の能力を奪うという設定。これは使える、と私は思った。吸血鬼の夢をよく見るせいでこれを思い出したんだけど、殺すわけでもなくただ能力を吸いだして奪うだけだからあれとは違う。ただその吸血のための能力を作らなきゃいけないのが大変だったけど。

 森で暮らして一年、森を出て半年が過ぎていた。私は今天空闘技場の前にいる。

 原作のネオンのように、念能力を無意識のうちに発現させる人は時々いる。その中には自分の欲望をただ叶えるためだけの能力も存在する。


「お名前と年齢、戦歴をどうぞ」

「紫、二十。戦歴は二年――」


 私は、奪った念能力で成長した姿になっていた。











「今、天空闘技場にはユカリって女がいるらしい」

「ユカリ?」


 懐かしいというには記憶が新しすぎる名だ。マチを見やれば肩を竦め、手は携帯をもてあそんでいる。誰からの連絡か、今天空闘技場にいるのは誰なのか把握していない。


「遊んでるのはシャルさ。名前が同じだけだけどってメールが来た」

「ふむ――その女の年齢は?」

「二十だって」


 倍も違うのか。目で見るまで判断は下し難いがきっと他人だろう。だが。


「ヒソカにも連絡を入れておけ。天空闘技場でユカリと名乗る女の選手がいると」


 とたんマチは表情を歪めた。


「あいつに?」

「ああ」


 携帯を遊ぶ手を止めたマチに口の片端を横に釣りあげて笑む。マチはあの男を嫌悪しているからな――オレも一年半前まではそうだったが。今では『普通』で『哀れ』だ。


「溺れる者は藁をも掴む。その女が腹いせに殺されようとかまわんが、もしユカリへの情報を持っていると分った時あいつを蚊帳の外にしていた場合はこっちが恨まれるからな」


 まさか、と思ったのだ。天空闘技場の周辺は治安が良いとは言い難く、人身売買がまかり通る。――ユカリが俺に秘密で外に出たのは、俺へのプレゼントを買いたかったのだと後からノブナガに聞いた。

 ユカリだろう少女が売られていると聞いた時にはもうすでに遅く、どこぞの誰とやらに買われて……足取りが途絶えた。


「はぁ……仕方ないね、ヒソカに連絡を入れるよ。で、シャルにもクロロがいくって伝えておいた方が良いね?」

「ああ、頼む」


 俺は開きっぱなしだった本を閉じた。


「――いや、やはりいらん」

「え?」

「今すぐ向かう。連絡は不要だ」


 俺は盗賊の極意を具現化しページを開く。マーキングした場所に一瞬で飛べる代わりにその後二十四時間強制的に絶状態になるという便利なようで不便な能力がある。ここから天空闘技場まで二日かかることを考えればこちらの方が良い。


「そうかい。ならヒソカにだけメールするよ」

「頼む」


 俺はクナイというジャポンの忍者が使う道具を取りだした。これが発動のための条件だというのだからおかしなものだ。

 一瞬で切り変わる視界、荒れきった廃墟から人込みの中へ降り立った。これで今から二十四時間は絶になるわけだ。携帯を取り出し指が覚えている番号を押し耳に当てた。


「はいはーい」

「俺だ」


 気楽な声に少し口元が緩んだ。


「うん、どうしたの?」

「今天空闘技場の前にいる。何号室にいる?」

「ちょ、さっき連絡したばっかりなのに何でもういるのさ!?――百七十階の百二十六号室だよ」


 話しながら真っ直ぐ闘技場内に入り、エレベーターに乗り込んで百七十階を押した。


「今向かっている」

「りょーかい」


 通話を切りながら思う。――名前が同じというだけで、ユカリとの関係などないのではないか。これはただの希望的観測に過ぎないのでは、と。

 そして自嘲する。それを分りつつここに来たのは俺自身ではないか。


「ユカリ、お前は今……」


 どこにいるのだろうな?














+++++++++
01/04.2011(ひとりぼっち五題)

14/22
[pre][nex]
ページ:

[目次]
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -