ふたりの出発


 明日帰って来るつもりが半日早くなった。鍵は持っていたから何も言わずに入り、そして見たのはあり得ない光景だった。少し調べたいことがあってノブナガにユカリの面倒を見るよう頼んだが――どうしてこんなことになっている? ヒソカとは二百階以上にならなければ出会うことなど滅多にないだろうに、どんな偶然が重なったんだ。


「ノブナガ、説明しろ」

「あー……端的に言えば兄妹の再会っつーこった」

「兄妹?」


 ヒソカに抱き上げられているユカリを見る。あまり似ているようには思えないが……。それにしても年齢の離れた兄妹だな、十二三は違うだろう。


「溺愛しているようだな」

「ああ、もう目に入れても痛くねーレベルだぜあれは」


 ヒソカは俺の視線に振り向きにやっと笑んだ。構われ過ぎて少し疲れた表情のユカリに囁いて寝室に連れていく。――こう言っては何だが性犯罪者にしか見えない。


「キミがユカリを拾ってくれたんだってね、クロロ?」

「ああ」


 音をたてないように扉を閉めたヒソカは、薄らと意図の読めない笑みを浮かべている。閉めた扉の横に背中を預け、ヒソカは俺にソファを指し示すと腕組みした。


「帰って来て疲れてるだろ? なに、この部屋でキミを襲ったりなんてしないさ☆ ユカリがいるからね☆」


 疑わしいと思いつつも座れば、ソファの肘掛にノブナガが腰を下ろす。この男は信頼できないからな……。


「キミが早めに帰って来てくれて嬉しいよ☆ 説明の手間が省ける☆」


 そう言いつつヒソカはポケットから何やら折りたたんだ小さな紙を取り出しこちらに飛ばした。ノブナガが宙で掴み俺に渡す。どうやら写真のようで内側に古っぽいインクの青が見える。開けば肩を寄せ合い笑う子供が二人――片方はユカリそのもので、もう一人はヒソカに似ていた。


「これは」

「九年前の写真さ。男の子が僕で女の子はキミも分る通りユカリだよ☆」


 九年前と言われて納得する。ただそれはヒソカに関することだけで、ユカリに関しては疑問が残る。何故ユカリが成長していないのか、だ。


「だいぶ有名な犯罪者だけど、吸血鬼を名乗る男がいたよね☆」

「ああ、そういえばここ最近はあれの噂を聞かんな」

「確か人のオーラを吸い取るっつー能力だったか」


 そいつの能力ならいつか奪おうかと考えていたものだ。オーラを奪うというのは一体どのようなものなのか興味深いしな。――だが、一体何の関係があるというのか。


「そ☆ 彼は人のオーラだけじゃなくて生命力を奪うことも出来たってことはあまり知られてないけどね☆」

「ほう」


 生命力か――いや、だがオーラは生命エネルギーのことを言うはず。何故わざわざ分けて言う必要がある?


「――おい、オーラと生命力は」

「今説明しようとしてるんだ☆ 黙って聞きなよ☆」


 ヒソカはサッと手を振って俺の言葉を遮った。


「ボクがオーラと生命力と、わざわざ区別したのにはもちろん理由がある☆ オーラは奪われたら死ぬだけだけど、生命力を奪われたら――死体も残らないのさ」

「死体も残らないだと?」

「そ☆ ボクが生命力って言ったのはつまり生命活動を行うための全てのことさ☆ タンパク質、脂肪、デンプンはもちろん、体内に蓄えられていた栄養素までも全てね☆」


 それではあの吸血鬼を名乗っていた男はほぼ無敵と言える能力を持っていたことになるのか。だがそれほど強い能力ならば制約も大きいはず。


「ただこの生命力の強奪は、とある条件を満たした存在にしか使えなかった。その条件は三つ――相手が十歳以下の女児であること、念に目覚めていないこと、彼が相手の精孔を開くこと☆」


 分るかい、と囁くヒソカに最悪の想像しか浮かばない。ノブナガも理解したのか少し顔が青ざめている。


「だが、ユカリがその被害者だというなら何故生きている。まさか蘇ったとでもいうつもりか?」

「そのまさか、さ☆ ボクは仮説を立てていた――吸い取られたエネルギーは一体どこに消えたんだろう。もしかするとどこかにプールされてるんじゃないだろうか? ってね☆」


 子供とはいえヒト一人分の生命力を奪えば栄養過多になる。複数人数分ならあえて言う必要もないほどだ。もしそれをどこかにプールしているとしたら……。


「ねえクロロ☆ ユカリを拾ったのはどこだった?」

「流星街の中だ。――コロニーも近くにない、ただゴミしかない場所だ」


 そこをプール場所に使っていたとしたら能力者が死んだ時どうなるか。霧散するには濃度が濃すぎるそれが、何かしらの形を取る可能性は高い。水蒸気は室内で霧散するがフラスコ内では水滴になるのと同じように。


「吸血鬼が襲った子供たちの最年長がユカリだ☆ つまり、自我が一番強いのがユカリなんだよ☆ 新しく生まれた肉体の支配権をあの子が得るのはほぼ当然と言える、だろう?」


 何もないところに突然現れ、一人の人間が持つには巨大すぎるオーラを持ち、物分かりが良いというのは――能力者の死亡によって再び肉体を得たがためあの場に現れることとなり、何人ともしれない被害者たちのオーラをも持つが故に巨大なオーラを有し、一度家族と死に分れたからこその物分かりの良さ、だったのか。


「ユカリはボクが引き取るよ☆ もうたった二人しかいない家族なんだ」

「――分った」

「クロロ!?」

「たった一人の兄妹なんだろう、引き離すのは忍びない」


 ユカリをヒソカに渡すと言って、自分の心にぽっかりと隙間が空いたのが分った。虚脱感に襲われるがヒソカの前で力を抜くつもりはない――どうやらこの半年で俺はユカリを大事に思うようになっていたようだ。渡したくないと頭の端で思ってしまうが、兄妹なら一緒にいた方が良い。


「ユカリを泣かせるなよ」

「もちろん☆ 誰に言ってるつもりだい?」


 じゃあまた明日にでも連れて帰るよ、あの子への説明はよろしくねとヒソカは部屋を出て行った。一度寝室の方を振り返ったその姿に家族としてのユカリへの心配が見える。


「なあ、クロロ。お前ユカリのことだいぶ気に入ってただろ? 良いのかよ」


 目の前のソファに座り直したノブナガが前かがみになりながら訊いてくる。


「ユカリにとって一番良いのはなんだ? 血も繋がらない赤の他人と生活するのと、実の兄と一緒に暮らすのと。後者だろう」

「だがなぁ……」

「ユカリはヒソカのようにはならないさ――さっきの話もユカリに聞かせたくないからこそ寝かせたんだろうからな」


 そう、ヒソカはユカリを大事にする。これは間違いない。それこそ蝶よ花よと育てようとするに違いない。だがまあ、俺が念を教えてしまったから普通の生活は送れんだろうが。


「こっちの我がままでユカリを泣かせるのは本意じゃない。だろう」

「ま、な」


 ノブナガが苦笑した。


「連絡先は携帯を買った時にもう交換している。もしヒソカとの生活に嫌気がさしたら電話でもメールでも来るさ」

「そーだな」


 ヒソカが消してもこっちにはユカリのアドレスがある。メールすれば何度だって登録できるんだから問題ない。

 半年の同居生活が明日で終わりを迎えるとは――全く、思いもよらなかったな。














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12/17.2010(50題(石言葉編))

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