※「テル・ミー」の続き
※校長宗像がいます
※猿美


「八田美咲」

 宗像は伏見の背後から囁く様に、一人の名前を口に出す。
 伏見は無表情で、何も応えない。

「赤点だったそうですね」

 これにも伏見は応えず、パソコン画面を見つめていた。

「伏見君の担当クラスから赤点なんて初めてじゃあありませんか」

「だからなんですか?」

 伏見が椅子と共にくるりと向きを変え、宗像を映した。

「珍しいなと思いまして。…それより、やっと返事が貰えました」

 伏見は宗像を睨み付けると、すぐにまた背を向けた。
 宗像は薄く笑う。

「こーちょー、キモいです」

「そんな酷い言われようはないですよ。傷つきます」

「嘘だ」

「バレてしまいました」


「くだらないこと言うより、仕事して下さい」

「終わりましたよ。…くだらなくはないでしょう。君が気になっているらしい生徒の名前を出したのですから」

 伏見が二度続けて舌を打つ。

「気になってません」

「嘘ですね。バレてます」

「バレてません」

「おや、バレてないという言い方だと、気になってると認めたことになりますよ」

「違います」


 * * *


 次の授業は数学Tだ。
 八田は教科書を机から引っ張り出し、上に置く。
 伏見に個人的に教わったあの一件以来、数学が少しだけ好きになった。無意味に思えていた数字の羅列が光となり、音となって頭上から降り注ぐ様な、そんな気がした。
 それと同時に伏見のことがどうも気になる。つい見てしまう。

――どうかしちゃったのか。

 授業開始をチャイムがしらせた。それは八田が悩むのを止めるには十分で、教科書を開けて伏見が教室へ入るのを待つ。
 ガラリとドアを開いて伏見が入って来て、教壇に立った。

「少し遅れてすいませーん。号令は省略な」

 まるで反省の色もなく言うと、右手でチョークを掴んで、例題を書いた。
 二次関数の平行移動の問題だ。この間まで、八田はとても苦手としていた。

「前の授業の復習から。……八田、これの答えは?」

 伏見が指で問題を差して、八田を見る。伏見がきいているのは二次関数の軸のことだ。

「X=2」

 数学はあれから自分なりにだが勉強していた。
 授業で間違えることのないように。伏見に呆れられることのないように。

「よくできましたー」

 間延びした声で八田に正解を伝えた伏見は、笑みを浮かべる。
 自分の心臓の音がやけにはっきりと聞こえた。ドクドクといつもより早く鼓動を刻んでいる。
 この感覚は悪くないと、八田は思った。


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