※猿美
※八田誕生日話でシリアス風味


「八田ちゃーん」

 自分を呼ぶ声に鎌本達との話を切り上げて、声の主に駆け寄った。
 呼んだのは、手に某有名洋菓子店の箱を持った草薙だ。

「ケーキっすか?」

「そうだと思うんやけど…これがウチの店の前に置いてあってな。八田ちゃんに」

「俺に…」

 八田が怪訝そうな顔をしてその箱を見ると、小さく書かれた"美咲へ"という文字が目に入る。
 まるで教科書の様に整った文字に八田は見覚えがあった。

ーーこんな字書く奴はアイツしか知らない。

「伏見か…?」

 草薙の控えめな声に八田はこくりと頷いて箱を受けとると、

「今日はもう帰ります」

一言残しHOMRAを後にした。


ーー何でアイツは毎年俺の誕生日覚えてんだろ。

 八田も仲間達も忘れていた誕生日を伏見だけは毎年必ず覚えていた。
 伏見はおめでとうを言うどころかその日は姿を現すことすらないのに、プレゼントを人知れず置いていく。気づかれない可能性があるのにもかかわらず。
 プレゼントの中身は決まって食べ物だった。絶対に残らない"食品"を伏見は贈る。
 それらに込められている伏見の気持ちを八田がわからないと知っていて、伏見はそれでいいと思っている。

「甘っ……甘すぎ」

 八田はケーキからフォークを離して、悲しい様な嬉しい様な何とも言えない感情を抱え脳裏に伏見を浮かべた。
 八田がまだ彼と共にいた中学生時代、彼はプレゼントなんてくれなかった。だけど、7月20日には誰より最初に"おめでとう"と言葉をくれた。

「やっぱ甘…」

 八田の声は狭い部屋で誰にも拾われることなく消えた。

ーー猿比古。プレゼントなんていらないから、だから、


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